第2話エージェントの過去

 数年前、冬渡はある存在に襲われ、それを大物議員に助けられた。

 雨の降る深夜だった。

 実家暮らしで定職につかず好きなことばかりして、ふらふらしていた時期。

 友人としこたま飲んで大分酔っぱらっていた。

 傘をさすのもままならず、街灯の下でうずくまった時、ふと視線を感じて振り返るとーーそこには、綺麗な男が立ち尽くしていた。

 すぐに疑問がわいた。街灯に照らされる男の顔はまるで鋭利な刃物のような美しさを備え、なおかつその眼は血の色のように輝き、長い金色の髪はまるで絹のような滑らかさだ。

 すっかり酔いが醒めた冬渡は思わず声をかける。

「ずぶぬれじゃないすか、それに具合悪そうで」

 そうなのだ。青年は酔っぱらっていた冬渡よりよほどふらついて、その眼は虚ろで危なっかしい。

「……う、うう」

 青年は何事かうめき声を上げた。と思ったら、瞬間的にその姿が消えたように見えた。

 実際は、冬渡の眼前に迫りその爪を今にも喉に突き立てようとーー。

 ーー死ぬ。

 直感的にそう悟ったが、爪は冬渡の喉を貫く事はなかった。

 気がつけば青年の身体は横に吹っ飛び、民家の壁に激突。

 微動だにしなくなった。硝煙の臭いがする。

「やれやれ」

 野太い男の声に冬渡は声を上げてその顔を確認しようとするが、動けない。腰が抜けていた。

 男の笑う声がすると誰かに腕を引っ張られる。

 見上げると、中年のガタいのいい男が見下ろしていた。

「秘密を知られたなあ」

「……え、あっんた」

 変な声を出してしまったが恥ずかしがる余裕もない。

 その男は何度もテレビで見たことがあった。

「確か桐山きりやま

「先生、早く乗られてください」

「ああ。わかっている。君も来なさい」

 彼は議員の桐山掌きりやましょうである。

 最近何かと話題になっていた。

 確か、日本の改革がどうだとか発言していたと記憶している。

 黒塗りの車に押し込まれながら、金髪男が別の車のトランクに詰め込まれるのを視認する。

 自分は一体なにに巻き込まれているのだろうかと不安になっていると、並んで後部座席に座っていた桐山に厳しい声音で告げられた。

「本来であるならば君をただで帰すわけにはいかない」

「は、はあ。ってあいつ、は一体なんなんですか」

「知らない方がいいこともある」

 桐山は冬渡に取引をもちかけてきた。フリーターである事につけ込まれた形なのだが、日本の改革を手伝ってほしいという話しで、日本にとって驚異となりうる組織の排除に荷担しろという。

「どうかね冬渡くん」

「……っ」

 桐山の目が語る。断れば命はないと。

 ひとまず言うことを聞いて逃げ出す方法を考えなくては。

 実際にはそんな冷静な判断力は持ち合わせてはいなかったが、今思えば、自分はそう決断をしたのだろう。

 表向きはフリーターとして仕事をしながら、エリートエージェント達の手伝いをどうにかこなし、とうとう一人での任務にあたる事となったが、自分はもう捨てられたのだろう。

 初めからこなせるわけがない任務だったのだ。

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