第5話 終礼
学校の授業は、面白いわけでもツマラナイわけでもなかった。
朝から夕方まで、この繰り返される五十五分間に、ひたすらに知識を詰め込まれ、それを覚えて応用を利かせられるように、調教される日々だ。何かの感情を抱く方がどうかしていると思う。六歳の頃から同じようなことを繰り返していれば、そのうち何も残らず、全てすり減っていくだろう。当然、今の僕が授業に持ち合わせている感情は何も無かった。
ただ、両親や知り合いの大人は、勉強することは良いことだと言う。彼ら曰く、僕らは恵まれているようだった。実際、戦後戦前の頃は学ぶことはおろか、飯を食らうことすらも恵まれたことだったのかもしれない。そう考えると、自分はなんて恵まれた幸福な子供なのだろうと感激した。
……感激しただけだ、それ以上に何かあるわけじゃない。幸福の不幸というところか、結局、僕も昔の大人たちも充足感を持っていなかっただけだろう。そこにある違いは、社会通念上の幸不幸であるかどうか、だろう。
自分がどれだけ幸福かなんて、言われずとも分かっている。それでも、どうしても気乗りがしないのだ。僕らには、明日を生き残れるかという不安なんて無いから、どうしても明日の自分に甘えてしまうのだな。
***
そんなしょうもないことを考えていたら、いつの間にか今日の授業はすべて終わっていて、終礼が始まっていた。僕は頬杖をついて、うたた寝しながら先生の話を聞いていた。
「えーっと、諸連絡は以上だ。何か質問とかある奴いるかー?」
沈黙。誰も手を上げない。
まあこれはいつものことだ。担任も、どうせ誰もいないだろうと生徒のほうを見てすらいない。いつも通りじゃなかったのは、担任のバツの悪そうな表情だった。手元の資料に、嫌なことが書いてあったらしい。
「ふぅむ……物騒な世の中だなぁ。最近、この辺りで不審者情報が多発しているらしい。」
教室がざわつく。特に、デカい態度以上に声がデカい奴らは、大げさに反応して、耳に響く大声をあげている。先生は「はいはい、みんな静かにー」と、騒がしい生徒たちに大人らしい対応をしていた。
「えーっ、帰りは寄り道せず、真っすぐに帰宅するように! 以上、学級委員さん挨拶ヨロピク。」
面倒くさそうに立ち上がった学級委員の放った「きをっけ、れー」という言葉に合わせて、みんなも立ち上がって、角度の浅い礼をした。僕もそれに倣(なら)った。
すでに誰も、不審者の話を覚えている者はいなかった。
僕はいすに腰を下ろし、机に頭を突っ伏して目を瞑る。
また猛烈な眠気に襲われたのだ。
起きたらどうしようか。もう一度、あの廃工場に行くのもいいかもしれない。
昨日は死に損ねたから、今日は────
そこで、意識が途切れた。
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