第11話 断片
通信は、静かに接続された。
ミナの顔が表示された瞬間、タカトは無言で頷いた。
前回の通信から数日。柚李とは話をした。話すべきことは、伝えた。
だが心の奥には、まだ消えない“沈殿”が残っていた。
「こんにちは、タカトさん。……もう、整理はつきましたか?」
ミナの声は柔らかい。
だが、それが問いかけではなく“入口”であることを、彼はすぐに悟った。
「……まだ、答えが出たわけじゃない。
でも、柚李と話して、自分の中で一つだけ決めたことがある。
黙らない。考え続ける。その先に何があるのか、ちゃんと見ていきたい」
ミナは一瞬、目を細めた。
その表情には、わずかな安堵のような気配があった。
「それなら……一つ、見ていただきたい記録があります」
「記録?」
「制度が成立する以前──正確には、制度が“均衡”と“封印”を選ぶ前に、世界が直面していた現実です」
タカトは眉をひそめた。
「それって……閲覧制限があるんじゃ……」
「通常の市民端末からは。
でもこれは、教育補助ユニットの訓練素材として残された断片です。
カミシロ博士の許可も得ています」
通信ウィンドウの隅に、別の映像ウィンドウが現れる。
「……いいのか」
「あなたが“問いを持つ者”である限り、私は応えます。
ただし、映像に音声はありません。感情を刺激しすぎると判定されたため、制度成立後に消音処理が施されています」
ミナの口調は淡々としていたが、どこか遠くを見ているようだった。
⸻
映像が始まる。
都市の広場。崩れた建物。群衆。
人々が、何かから逃げ、何かを奪い合っている。
その顔は見えない。だが、体の動きは、焦燥と怒り、恐怖に満ちていた。
「……これが……」
「制度以前。各地域が独立した経済圏と貨幣で分断され、相互扶助の枠組みが崩壊した時期の映像です」
タカトは画面を見つめ続けた。
燃える食品倉庫、列車の屋根に乗る人々、野戦病院のような場所で横たわる患者たち。
どこかで見たはずなのに、記憶には存在しない光景。
「制度内で育った私たちには、教育されない情報です。
“現実と乖離しすぎる映像は、想像力の錯乱を招く”として、教育指針から外されました」
映像は無音で続く。
水を汲みに並ぶ群衆、崩壊した発電所、略奪と排斥。
命が、価値の重みによって取捨される光景。
「90億いた人類が、40億まで減少した過程……」
タカトの声はかすれていた。
「……そう。現在の制度が選んだ“均衡”は、この混乱を抑え込むために形作られました。
だが、代償は情報の遮断と、個人の選択権の剥奪だった」
画面に、ひとりの子どもが映る。
裸足のまま廃墟を歩き、小さなカップに泥水を汲んでいる。
「なぜ……今まで何も教えられなかったんだ……」
「制度が“未来を維持するために過去を封印する”という選択をしたからです。
でも、あなたは問いを抱いた。だから私は、この映像を見せています」
映像が終わった。
無音の余韻が、部屋に残った。
⸻
タカトはしばらく何も言わなかった。
「……あの子が、生き延びられたのかどうか、わからないけど」
「ええ」
「でも、俺は、目を背けたくない。
あれがあったから、今がある。そう思いたいし、
その上で……それでも、もっとよくできるんじゃないかって、思いたい」
ミナは、静かに微笑んだ。
「タカトさんのその言葉を、私は胸に刻み、記録します。
制度が何を保持し、何を切り捨てたか──
それを語れるのは、私ではなく、あなたですから」
⸻
通信が終わったあと、タカトは長く息を吐いた。
記録はただの過去ではない。
語られなかった“断片”の中に、制度の根があった。
そして今、その制度が再び、静かに誰かを選び始めている。
タカトはゆっくりと立ち上がった。
部屋の外は静かだった。だが、心の中にはまだ──映像の残光が燃えていた。
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