第30話「錯綜」
フラムとシアンを伴い訪れた学長室。
中には部屋の主人であるアズスゥ。応接用のソファにはヴェルデ、エクレールに加えてもう一人、テラメーリタの制服に身を包んだ
その異質さに目を奪われていると、葵が大層得意そうな顔で口を開く。
「ふふっ。どうです? 似合っていますか?」
葵は座ったまま両手を広げて左右に身を捻り、見せつけるようなポーズを取る。
「……あぁ、まぁな」
モノトーンの制服に藤色の長髪がかかり、雅やかな見る者に印象を与える。その優美さは絵になる、フラム達と比べたって決して負けていない。本当にお嬢様のようだった。贔屓目抜きに似合っていたが、その問いには曖昧な答えだけ返し、葵の隣に座る。
フラムとシアンも、それぞれソファの空いているところに腰掛ける。
「さて、これで全員ですね。まずは藤宮さん?」
アズスゥが視線で促すと、葵が立ち上がる。
「
言い終わって一礼。再び俺の横に腰を落とす。
……なんだ? 普通の自己紹介だったはずだが、なんか今、空気に亀裂が走ったような感覚が。なんて事ない自己紹介なのに、何故だろう。
「では、今日は──はい、ヴェルデさん」
葵の紹介も終わり、本題に入ろうとするアズスゥを遮る手が挙がる。止めたのはヴェルデだ。
「はいはーい先生。スカートの柄以外お揃の時点でいやーな予感すんだけど、まさか──」
「えぇ、お察しの通りですよ。彼女はテラメーリタの中等部で預かります」
誰ともなく、部屋の中にどよめきが起こる。
ヴェルデは苦虫を噛んだ表情で、挙げていた手をそろそろと引っ込めた。
その顔つきに違和感を覚えた。
確かに人付き合いが得意ではないと言っていたが、下手ではなかったはずだ。俺の知らない間に葵と何かあったんだろうか。
「では紹介も済んだところで、改めて本題に入りましょうか」
一度弛緩した空気を、アズスゥが仕切り直す。
「先日の課外学習の際に現れた敵──《
いよいよ本題に入ろうかと言うタイミング、再び待ったがかかる。
「お待ちください!」
今度はシアンだった。
「自分は先日Aランクになったばかりですが、おそらく《七曜》の情報は今まで秘匿されていた内容では?」
言って、葵を睨みつける。
たしかに中等部に入学したとはいえ、部外者の感は否めない。中等部より所属しているシアンですら、この度Aランクになって初めて受けられる招集だ。昨日今日来た人間がそれを聞くのが面白くないのだろう。
学園長からの特務がある。それ自体がAランクの特権であり、誇りでもあったはずだから。
アズスゥはあぁ、と失念していたかのような声をあげる。
「問題ありませんよ。事情が変わりましたし、彼女もAランクですから」
その発言により、俺達の目が葵に注がれる。
視線に気づいた葵が手を振ってきた。
いや、振るな。悪目立ちした妹からのそんな身振り、俺にはどう返したらいいかわからん。
「何か、藤宮さんの処遇に異議のある方はいますか?」
ため息混じりにアズスゥがそう促すが、誰も答えない。
言い出したシアンも一応は納得したのか、それ以上物言いはなかった。
「これ以上話の腰折ってまで言うほどじゃないわよ。このぽっと出のガキんちょがこの私と同じ等級ねぇ……」
「フゥン、本当に強いのかしら?」
……少なからず、二名ほど疑問に思う連中はいるようだが。
「──まだ何か言いたげな方もいますが、これ以上は打ち切ります。あとは各自で玄野さんにどうぞ。もう話に入りますよ。《七曜》についてお話しましょう」
俺に投げるな! と言いたいところだが、水を差すのはよしておこう。また脱線させると、いよいよもってアズスゥに蹴り飛ばされそうだ。
「彼らの目的は有力な術師を消すことです。その理念までは不明ですが、もっぱらテラメーリタが目の敵にされてますね」
ここが狙われているのは、それだけ学園に優秀な術師が集まっていることの証左だろう。
「彼らは名の通り七名います。先日あなた方が会ったのはその一人ですね」
一人? その言葉に皆の顔を見回すが、誰一人として疑問に思う素ぶりはない。順当に考えると、アズスゥが口にしたのはルナのことか?
俺は疲れ切っていて報告にすら行けなかったが、他のメンバーがしているはずだ。そもそも、俺以外に太白と出会ったのは実際に相対したヴェルデくらいだ。
ヴェルデは、なぜ
もう一度彼女の顔を覗き見るが、その澄まし顔の裏までは窺えない。
気がかりな俺をよそに、アズスゥの話は続いている。
「昨日接触した皆様はおわかりでしょうが、彼らは強大な力を持っています。あなた方でも、単独で打倒するのは至難の業でしょう」
「学園を守る為にも、力を合わせて襲いくる彼らを打ち倒してください。もちろん、わたくしも手は尽くしますし、こちらがメインです。皆様はあくまで助力をお願いしたいのです」
そう言って、アズスゥは頭を下げる。
皆一様に何も言えず、押し黙ってしまう。
以前語っていた『成長』という目的からすると、これは嘘だろう。
この大転使は、どうあっても俺達に片付けさせる腹づもりだ。
「すぐに返答しろとは言いません。危険なことですから、後日返答を──」
「アタシはやるわよ。どうせ返事は変わらないから、今の内に答えておくわ!」
フラムはいつになくご機嫌だ。この一番乗りがよほど嬉しいのか。
「シャルちゃん、めちゃやる気じゃん。どったの?」
そう訊ねたヴェルデに向き直って、実にフラムらしい一言。
「この前みたいなのがいっぱいいるんでしょ? どこまで通用するか楽しみじゃない!」
「……はぁ。さいで」
光が強くなれば影も濃くなる。フラムの眩しさにあてられたヴェルデのダウナーが加速する。
わかるぞ。俺も特訓に付き合わされる度にそんな思いをしているから。
「そういや、何でAランクにしか教えてなかったんだ?」
数でどうにかできる問題でもないが、狙われているという事実は知っておいた方がいい気もする。
アズスゥは首を振る。
「恥だから触れ回りたくないんですよ。学園にいらぬ混乱を招きますし、存続に生徒の手を借りるような学校は教育機関としてダメでしょう」
「その感覚はあったんだな……」
至極当然の理由だった。フィクションの一読者としてはさして気にならないが、いざ舞台に立つと疑問が残る展開だ。
いくら学生が強いとはいえ、学校としては大人がどうにかする問題だろう。だいたい、学生に強いヤツがいるなら、大人にも強者がいていいようなものだ。
学園モノファンタジーの教師は、ある意味でミステリーにおける警察のようなものか。作劇上で無能にさせられるというか、介入できない。
まぁ目の前の学園長は、ただ別の目論見があるだけだが。
「説明は以上です。ここまで何かご質問──葵さんに関すること以外で──ありますか?」
つけ加えて確認するが、言葉を発する者はない。俺も取り立てて言わなければならぬことはない。ちらと目配せすると、アズスゥは了解したように頷く。
「では解散です。シャルさん以外の回答は後日に。──それと、藤宮さんと玄野さんは残ってくださいね。まだお話がありますから」
葵と顔を見合わせる。我が妹は、ただ穏やかに笑い返すのみだった。
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