第31話「三者面談」
「さて、込み入った話でもしましょうか。
アズスゥはフラムら四名を早々に返し、残った俺たちに向き直る。
これから、この世界の住人にはあまり聞かせたくない話が始まるのだろうが、その前に問わねばならないことがある。
「……お前は俺だけでなく葵まで転生させてたのか? それだけじゃない。なぜここに入学なんてさせた? 戦いになるとわかってたんだろ」
俺は湧いた疑問を矢継ぎ早にアズスゥへと投げかける。いつもの余裕あるフリなんてできない。
もう巻き込みたくなんてなかった葵を、なぜここに呼んだ。
その一点。その向こう見ずさに対し、静かに怒りが湧き上がってくる。
「そう慌てないでください。順に片しましょう」
アズスゥはそれを知ってか知らずか、そんな悠長なことを言う。
「申し訳ありません。転生させたのはこちら側の不手際です。そんな意図はありませんでした」
「……事故ってことか?」
そんないい加減なことがあるか──思わず立ち上がりそうになる膝を、葵の手がそっと抑える。
振り上げようとした拳はやり場を失い、上から葵の手を握る。
「えぇ、おそらくは。状況からの推測、それを元にした推理にはなってしまいますがね」
推測? 推理? 今ひとつ要領を得ない。
世界を管理する
「まず、我々の言う転生は大転使三名によって行われます。タシロがその
三大転使。アズスゥ以外の名は初めて聞いたが、見覚えはある。大鉈を担いだ偉丈夫。平針を手にした仮面の男。
縁を切る、という働きから察するに大鉈がタシロで、平針の方がイリなのだろう。
「転生とはそういった手順なのですが、ここでこちらからも一つお尋ねします。
転生、していない?
そんなはずはない。葵は確かに死なせてしまったはずで……。だが、こうして現に生きている。
今だって、その手を俺の膝に──
なぜだ? 手を重ねているはずなのに、なんでこうも温度を感じない?
骨ばった俺の手の下にすっぽりと隠れるその青白くしなやかな指。
思えば、先日ベッドで抱きつかれた時もそうだった。肌同士が触れ合っていたというのに、一切の温かみはなかった。
思わず顔を見る。葵の死人めいた、その顔を。
「えぇ。わたくしは死んでいます」
決まりきった文句を
「悪神に唆され、
よしてくれ。そんな言い方をしないでくれ、と俺が口を挟む間もなく葵は続ける。
「
「やはりそうですか。藤宮さんは、転生に巻き込まれたのですね」
アズスゥは納得したような声をあげる。
転生に、巻き込まれた? 三大転使が揃っておきながら、そんな不備が起こりうるのか?
いや、受け止めるしかない。目の前に現実として、起こってしまっているのだから。
「わたくしの死後、何があったかはわかりません。ずっと兄様のお側にいました」
前の連環を破壊した、俺と太白とクエムによる三つ巴の決戦。今にして冷静になり本来の力量差を鑑みれば、逆立ちしたって勝てない相手だった。引き分けにもつれ込ませたのも、もしかすると葵のお陰なのかもしれない。
「そのはずでしたのに、急に兄様を感じなくなったのです。何か混ざったように、兄様を感ずることも至難となっておりました」
「そんな折に、眩むほどの光が差したのです。懐かしい、兄様の光でした。……それを辿り、ここまで来ました」
それには心当たりがある。きっと、この前の課外学習でのルナとの戦闘だろう。
【
「来たはいいものの、服もありませんで……。そっと兄様と
「……そんなわけあるか! 服は着ろ」
急にこちらへボールが来て、危うくスルーしかけた。真面目なトーンで話してる時にそんな大ボケを振ってくるなよ。
「でも兄様は喜んでおいででしたよ? あんなに子供のようにはしゃいで、葵のことを……」
皆まで言わず、ポッと頬を染める葵。
「ちょっと待て! 俺が何をしたんだ!?」
いつもなら、どうせ悪ふざけだろうと相手にもしないが、嫌な心当たりがある。あの朝の目覚めがいやにスッキリしていたのだ。
コホン、とアズスゥの咳払い。いや咳ですらない。コホンと読み上げただけだ。
諌められるほどに俺は身を乗り出していたのか。恥じ入りながら瞑目し、深く座り直す。
「えー、よろしいですか? 続いてなぜ、入学させたのかという話ですが……」
お前から訊いたことだよな? という圧をひしひしと感じながらも頷く。
「これは藤宮さんの強い要望です。玄野さんとクラスメイトにしろと言われていましたが、なんとか中等部というところで譲歩していただきました」
葵はそんな無茶を言っていたのか……。
我が妹ながら自分勝手なヤツだと呆れて、チラリと打ち見るとちょうど目が合った。
……なぜ誇らしげなんだ、こいつは。
俺と葵がこんな調子のせいで、アズスゥの説明はほぼ独白の体を成していたが、彼女は動じることなく続ける。
「白状してしまうと、か弱いわたくしには藤宮さんをどうこうできません。夕星太白はもちろん、玄野さんにすら敵いません」
か弱い、とはどの口が言うんだ。
アズスゥ単騎では不可能だろうが、三人がかりであればその太白を打倒できるだろう大転使がよく言う。
「別の連環を認知してる人間がいるのは不都合なので、蹴り出したいところですが、それも叶いません」
言い捨てるなり、お手上げのジェスチャー。このポーズがお決まりに思えてくる学園長には同情しかない。
俺達を飛ばさない理由は概ね察せる。こんな奴らを結局押し出したところで、飛ばした先で新たな火種になりかねない。それならば目の届くところに置きたいのが人情だろう。よその連環に影響を出したくないアズスゥからすれば、それも無理からぬ話だ。
「そんなわけで中等部にねじ込みました。条件は、藤野さんが《
「いや、葵は関係ないだろ? 俺が戦う。今までの働きで足りないなら、倍は働いてやる」
だから、どうかもう葵を戦わせないでくれ。
俺の願いに、アズスゥは珍しく困った表情を浮かべる。
「高圧的なわりに、痛々しすぎますね。そこまで切実な言葉は、命令ではなく祈りですよ。転使として叶えてあげたいところですが、本人が望んでおりません」
間髪入れず、その本人が言葉を継ぐ。
「はい、葵は戦います。たとえ兄様の言いつけとて、それだけは聞けません」
昔からこうだ。言い出すと聞かない。
「……自分でケリをつけるつもりか?」
「えぇ、それで決着です。そうでなくてはなりません」
葵は譲らない。普段の柔らかい言葉ではなく、確固たる意思を持った言葉だった。明らかに無理をしている言葉で、そこからまだ葵がいらぬ責任を背負い込んでいるのがわかる。
「悪いのはお前じゃない。あれは俺が、俺が何もできなかったから──」
続く言葉は出てこない。
あれからどれだけ経っただろう。
持つ力ばかり大きくなったが、結局はあの頃と同じだ。誰も救えない。
好きと言ってくれた幼馴染も、心から愛する妹も、こんなに情けない自分では誰も──。
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