第25話「陽炎稲妻水の月」
その場に残された自分は、空に浮かぶ魔性の月を見つめていた。
いや、その言い方は正確ではない。
ただ視線を置いていただけにすぎない。単にクロノエイトの戦いぶりが目視できないから、何となくそちらに目を向けていただけ。
破滅に向かっていようと、もはやこの世の道行などどうでもよかった。
自分には関係がないことだ。
元より自分は、
「本当に壊そうとしているのか」
幾筋もの輝く枝木がその大穴を塞がんばかりに絡みつく。陽炎揺らめくは灼熱の
あれはシャルの《
──駄目だ。炎で焼き尽くすには火力が足りない。そんな半端な熱を加えたところで、蒸発し再び水へと巡るだけだ。
続くのは
こちらはエクレールの《
──無意味だ。あの水の構成は
あれだけ見得を切って行ったのに、何も秘策はなかったらしい。
「馬鹿だ。シャルも、エクレールも……」
何が破壊する、だ。出来もしないことを言うな。勝手に期待させておいて、蓋を開ければざまぁない。
『マージでさ、素直じゃないよね』
そんな
「……ヴェルデか」
笑いに来たのか?
そう口にしそうになり、
『きっと馬鹿にしてんの? 的なこと言ってると思うけど残念ながら一方的な──まぁ、ウチなりのエールってヤツ?』
「……ハ。一匹狼に気を遣わせるとは、自分も堕ちたものだな」
慰められるほど落ちぶれたか。力量差に打ちひしがれた自分の姿は、それほどに哀れだったか。
『エクレールの煽りが本心じゃないのはわかってるよね? 人付き合い苦手なウチにもわかるから、シアンもわかってると思うけど』
無論だ。本気で言っていないことくらいわかっている。
それで立ち上がれるほどの力すら、失ってしまっていただけで。
『シャルちゃんがさ、何て言ってたか覚えてる? "先に行って待ってる"って言ってたんだよ』
言っていたな。確かにそんな風な口の利き方だった。まるで『アンタなら来るでしょ?』と言いたげな、勝手な決めつけだ。
『まだシアンは負けてないじゃん。出来ることがないなら、何をしたいかで生きた方が楽だよ?』
何をしたいか、だと? 言うに事欠いて、手前勝手で動いてみろとでも言いたいのか。
『シアンは賢すぎなんだよ。もっとシンプルに理屈抜きで考えたらいーのに。勘定抜きで動くのって馬鹿だけど、ウチは何より正しいと思うな』
続く言葉はなかった。ヴェルデは自分がこれで立ち直ると信じているんだ。
自分が成したいこと、曲げられないこと? そんなもの決まっているだろう。
守りたい。自分よりも強いあの班員達を。そんな強者達すらどうすることも出来ない脅威から。
おかしな理屈だ。己よりも強い存在をどうやって守ると言うんだ。弱いのなら誰も責めない、大人しく守られていればいい。
……性分、なのだろうな。
いくら負けを重ねようが
あぁいいさ。どうせ御破算になるのなら、やってやろうじゃないか。
一つ、馬鹿になってやろう。
「──《
まったく、呆れ果てる。馬鹿者ばかりだ。
地を割り、姿を現した
危険も
独立独歩を突き進むあの猪が、この局面で自分が必要だと頼っていた?
人望も厚い実力者が、憎まれ口を叩いてでも調子を戻してやろうとしていた?
あの
あぁそうだ。そんな言葉に乗せられた自分が、いっとう馬鹿である。さんざっぱら煽られて励まされて、ようやく決断した大馬鹿者だ。
「随分と……
散々好き勝手言ってくれおってからに。そうも言われてしまったら、立ち上がるしかあるまい。
分厚い雲海を抜け、晴れやかな青天。
雲を超え、今こそ更なる高みへと挑もう。
蒼く輝く月を睨む。天の甕たる滅亡の月は、憎たらしいほどに澄んでいた。
奇しくも今の自分の心境に似ているとは、何たる皮肉か。
「何よ、ずいぶん遅かったじゃない」
シャルが待ち侘びていたような声をあげる。またこの短時間で随分と疲弊したものだ。
それだけ全力で生きているのだろう。それが、この女の強さだったのか。今頃になってずっと敵わなかった理由を知った。
「……あんたは、来るヤツだってわかってたわよ。ちょっと──ほんのちょっっっとだけ、言いすぎたかと思ったけど」
──エクレール。貴様にもいずれお礼参りをしなければならないな。
「当然だ。自分は騎士だぞ」
Aランク? 規格外? 魔力を超越した能力者? 人類を破壊する天の
それがどうした。
先ほどまでよ自分はどうかしていた。
そんなもの、そんな他人が宛てがった物差しなぞ知るか。どんな
三人で月に相対す。とうに半月を超え、
「で、どうしたらいいの? アタシ達じゃとても壊せなかったわよ?」
「ぶっちゃけ、時間もないわよ。もうすぐ青いのが溜まり切る」
下でも思ったが、本当に無策だったのか。思わず笑みが
「まったく
抑え、鎮める。神は崇め、納める物。
立ち向かうのではなく、受け入れる。
神とは元来、そういった類の
「打倒ではなく、行うべきは掌握だ。──あれは自分がやる。貴様らは後を頼むぞ」
もう自分に恐れはなかった。
その大穴に踏み入ると同時、荒れ狂う潮流が襲い掛かる。
怯まず、水に溶け込んだ幾千幾億を超える魔力の流れを、その一つずつを握っていく。
そして押し寄せる魔力の波に対し、こちらからも自分の魔力を編んだ《水禍の弥終》を流し込んで中和させる。
その糸屑でもいい。その流れが掴めれば、こちらのものだ。
手前の細い糸から、辿っていく感覚。甕よりも更に奥、その神格へと手を伸ばす。
果たして押し負けたのは自分の波だった。打ち消せなかった魔力が指先から伝い、腕をズタズタにする。
「ちょっ──! シアンッ! あんた早く離れなさい!」
制止するエクレール。その声はどこか遠い。
これは当然のことだ。魔力が鉢合わせたのだから。あちらの波が高ければ、自分は呑まれ、その余波がこちらにも襲いかかる。
だが、この程度で止めるわけがないだろう。
「この程度の、この程度の神など……!」
歯を食いしばる。
どこかの歯が欠け、舌の上に転がった。そんなものに
寄せる波を負傷と共に受け入れる。そして、まで来た波を自分の魔力で寸断し、取り込む。
神と繋がったままの波はどうすることも出来ない。だが、一度切り離してしまえば。大元から糸切りしてしまいさえすれば、何のことはない。ただの魔力入りの水だ。
それを少しずつ、自分のモノにする。あぁ、
肉体が傷つくに比例し、自分の力が増大していくのがわかる。流した血に代わり、魔力に満ちた
全てを呑み込まんとする高波が
これが最後の足掻きだろう。
気づけば笑っていた。自分は、今全力で生きている。力を余さず出し切ることが、こんなにも爽快だと思わなかった。
「──ハッ! 苦し紛れがそんな
魔力、体力、精神力──今自分の持てる力の全てを解放し、迎え撃つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます