次なる目標とプロジェクト始動
宿屋の一室で、僕は自分の全財産を机の上に並べていた。
ゴブリンの魔石を換金した銅貨数枚と、初めての依頼で得た銅貨15枚、そしてジゼルさんからの特別ボーナス。合わせて銅貨22枚。これが、僕の最初の軍資金だ。
一夜明け、僕はその軍資金を握りしめて、街の市場へと向かった。
目的は、装備の更新。だが、僕が目指すのは武器屋や防具屋ではない。僕が今必要としているのは、直接的な戦闘能力の向上ではなく、今後の活動効率を上げるための「ツール」への投資だ。
まず、丈夫な革の鞄と、予備の羊皮紙を数枚、そして滲みにくい良質なインクとペン先を購入した。これで情報の記録と整理が格段にしやすくなる。次に、小さなナイフと火打ち石、数日分の保存食と水袋。冒険者としての、最低限の備えだ。
質素な買い物だったが、手に入れた道具の一つ一つが、僕のプロジェクトを支える重要な要素になる。銅貨はほとんど底をつきたが、これは未来への確かな投資だった。
準備を終えた僕は、再び冒険者ギルドの門を叩いた。
目的は、次なる依頼の受注。だが、ただ闇雲に受けるつもりはない。僕の目標はただ一つ。
――新たなコマンドを解放するための、未知の魔石を手に入れること。
昨夜、HELPで見た説明を思い出す。
『適合する魔石の解析が必要』。そして、僕が今最も欲しい機能は、プログラムに「記憶」の能力を与える『変数』の導入だ。そのためには、「情報を保持、あるいは記録する」という性質を持ったモンスターの魔石が必要になるはずだ。
(問題は、どのモンスターがその性質を持っているか、だ)
僕はクエストボードの前に立ち、依頼書を一枚一枚、丹念に読み込んだ。
そして、一枚の依頼書を手に取り、受付カウンターにいるジゼルさんの元へと向かった。
「ジゼルさん、この依頼について少し聞いてもいいですか?」
僕が差し出したのは、『陽光石の欠片の採集』の依頼書だ。
「あら、アレン。もう次の依頼? ええ、いいわよ。陽光石の採集ね。鉄ランクのあなたにはちょうどいい、手頃な依頼だわ」
「はい。それで、この注意書きのところに『岩に擬態するモンスターの目撃情報あり』と書かれているんですが、どういうモンスターなのか、詳しく教えてもらえませんか? 準備をしっかりとしておきたくて」
僕がそう尋ねると、ジゼルさんは「感心ね」と頷いた。
「新人の中には、こういう注意書きを読み飛ばして痛い目を見る子も多いのよ。ええと、そのモンスターは確か……『紋様ヤモリ』ね。岩場に生息していて、驚くと体の模様が最後に見たものの形に変化する、っていう面白い生態なの。強さはゴブリン程度だけど、見つけるのが少し厄介かしら」
(……これだ!)
体の模様に、情報を「記録」するモンスター。
これほど『変数』の概念に合致する性質はないだろう。僕の仮説は正しかった。
「なるほど。ありがとうございます。それなら、僕でも対処できそうです」
僕は冷静を装って頷くと、そのまま依頼書を彼女に差し出した。
「この依頼、受けさせてもらいます」
「わかったわ。気をつけて行ってらっしゃい」
ジゼルさんから地図を受け取り、僕は静かに頷いた。
次なる目標は、紋様ヤモリの討伐と、その魔石の解析。
僕の冒険は、また一つ、新たなフェーズへと進もうとしていた。
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