エンジニアの初仕事
ジゼルさんに依頼書を渡すと、彼女は少し意外そうな顔をした。
「あなた、こっちの依頼を選ぶの? 地味で面倒な仕事よ。もっと割の良い依頼もあるでしょうに」
「いえ、これでいいんです。僕に向いてると思うので」
僕がそう答えると、ジゼルさんは「ふぅん」と面白そうに鼻を鳴らし、一枚の羊皮紙と、錆びついた鍵をカウンターに置いた。
「わかったわ。これが倉庫の在庫リスト。歴代の倉庫番が追記していったせいで、かなり見辛いけどね。終わったら、これに修正を書き込んで持ってきて。鍵は第三倉庫のものよ」
ジゼルさんはカウンターに広げられた街の地図に、慣れた手つきで印を付けてくれた。僕はそれを受け取ると、ギルドを後にした。
地図を頼りに、目的の第三倉庫へ向かう。
鍵を開けて中に入ると、カビと埃の匂いが鼻をつく。薄暗い倉庫の中には、天井まで届きそうなほど、木箱や樽が乱雑に積み上げられていた。
「……これは、ひどいな」
倉庫もそうだが、それ以上にひどいのが手元の在庫リストだ。
インクの染み、走り書きされたメモ、順番もバラバラ。これでは、照合するだけで一苦労だろう。
(予想通り、ひどい状態だ。普通の冒険者が嫌がるわけだ。だが、僕にとっては違う。この依頼を選んだのは、まさにこの状況を想定していたからだ)
僕は計画通りにタブレットをリストの羊皮紙にかざし、コマンドを打ち込む。
SCAN DOCUMENT
実行を念じると、タブレットから淡い光が放たれ、羊皮紙の表面をなぞるように走った。数秒後、タブレットの画面に、あの乱雑なリストがテキストデータとして完璧に表示されていた。
「……よし。想定通りだ」
これなら話が早い。僕はすぐに、この作業のためのプログラムを書き上げた。
10 REM -- INVENTORY VIEWER --
20 SCAN DOCUMENT
30 PRINT SCANNED_DATA
40 END
プログラムと言っても、スキャンしたデータを、ただ画面に表示させるだけのものだ。
だが、これだけで作業効率は劇的に変わる。羊皮紙と倉庫の品物を交互に見る手間が省け、僕はタブレットの画面だけを見て作業を進められるのだから。
僕はタブレットに表示されたリストをスクロールさせながら、倉庫の中を歩き回り、一つずつ在庫を確認していく。
汚れた羊皮紙を広げる必要もなく、両手は常に自由だ。リストの順番はバラバラだが、頭の中で効率的な巡回ルートを組み立て、無駄な動きなく作業を進めた。
普通なら半日以上かかるはずの仕事を、僕は一時間半ほどで終えてしまった。
だが、僕の仕事はまだ終わっていない。
僕は宿屋に戻ると、市場で買っておいた予備の羊皮紙と、上質なインクとペンを取り出した。そして、最後の仕上げに取り掛かる。
10 REM -- REPORT GENERATOR --
20 ACTION "WRITE_REPORT_FORMATTED"
30 END
タブレットに表示された、順番のバラバラなデータを元に、それを頭の中でアルファベット順に並べ替えながら、完璧なフォーマットで羊皮紙に書き出すプログラムだ。
実行を念じると、僕の右腕が、僕の意思とは無関係に動き始めた。手首の角度、ペンを走らせる速度、文字と文字の間隔、そして筆圧。その全てが完璧に制御され、まるで熟練の書記官が何時間もかけて書いたかのように、美しく、整然とした文字列が羊皮紙の上に生み出されていく。
人間業とは思えない速度と精度で報告書を書き上げると、僕はそれを持ってギルドへと戻った。
「依頼の報告です」
僕が差し出したのは、元の汚い羊皮紙ではなかった。完璧に整理・清書された、新しい在庫リストだ。
「……これは?」
ジゼルさんは、僕が差し出した美しいリストを見て、信じられないという顔で目を丸くした。
「依頼の報告書です。元のリストは見辛かったので、新しく作り直しました。在庫数は全て一致しています」
「……あなた、これを全部書き直したっていうの? この短時間で? まるで人が書いた文字とは思えないほど、綺麗に揃っているじゃない……」
「はい」
ジゼルさんは僕の報告書にざっと目を通し、その完璧な整理具合と正確さに、驚きを通り越して呆れたような表情を浮かべた。
「……すごいわね、あなた。本当に一人でやったの?」
「はい」
「そう。わかったわ」
彼女はそう言うと、報酬の銅貨15枚に、数枚の色を付けて上乗せしてくれた。
「これは、あなたの素晴らしい仕事ぶりに対する特別ボーナスよ。まるで、うちのギルドの帳簿係が一日かけてやる仕事みたいだったわ」
ジゼルさんは意味深に笑う。
僕は追加の報酬を受け取ると、静かにギルドを後にした。初めての仕事で得た収入と、確かな手応え。最初のプロジェクトとしては、上々の結果だ。
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