街道の出会いとロックウェル

ゴブリンを倒してから、さらに数時間が経った。

INPUTコマンドを使った初の実地テストは成功だった。自分の力がこの世界で通用するという手応えに、自然と足取りも軽くなる。懐の魔石は安い換金アイテムに過ぎないが、最初の成功体験としては十分な成果だ。


しばらく歩いていると、道の先で大きな荷馬車が立ち往生しているのが見えた。馬車の横では、人の良さそうな髭面の男性が、外れた車輪を相手にうんうん唸っている。


「ちくしょう、こんなところで……。一人じゃどうにもならねえな」


男性は悪態をつきながら、荷台の下に肩を入れ、持ち上げようと試みている。だが、びくともしない。


(困っているみたいだな)


このまま通り過ぎることもできる。だけど、僕を育ててくれた叔父さんや、救ってくれた冒険者たちの顔が脳裏をよぎった。見て見ぬふりは、僕の主義じゃない。


「あの、どうかしましたか?」


僕が声をかけると、男性は汗だくの顔を上げた。


「おお、坊主か。見ての通り、車軸から車輪が外れちまってな。荷物を降ろせば持ち上がるんだが、そうすると積み直すのに一日かかっちまう」


「手伝いましょうか?」


「ありがてえ。だが、坊主の力じゃあ……」


男性は申し訳なさそうに言う。確かに、十歳の子供の腕力など、ないに等しい。

だが、僕には僕のやり方がある。


「大丈夫です。僕が持ち上げますから、あなたは車輪をはめる準備を」


僕はそう言うと、荷台の車軸のあたりに屈み込んだ。


「おいおい、坊主、無茶だ!潰されちまうぞ!」


男性が慌てて止めようとするが、僕はそれを手で制する。


(……やるか)


僕はタブレットを呼び出し、短いプログラムを組んだ。


10 REM -- LIFT UP ASSIST --

20 ACTION "LIFT_OBJECT_MAX"

30 END


単純な、目の前の物体を最大効率で持ち上げるというだけの命令だ。


「見ててください」


僕は荷台の底に両手をかけ、プログラムを実行した。

直後、僕の全身の筋肉が、意思とは無関係に最適化された動きで連動する。腕、背中、腰、足――全ての力が、一点に集中して荷台を真上に押し上げた。ズズズ…と地面が軋む音を立て、巨大な荷台が持ち上がった。


「なっ……!?」


驚く男性を尻目に、僕は腕にかかる負荷に歯を食いしばる。プログラムは僕の筋力を超えた力を出せるわけじゃない。だが、魔力を潤滑油のように使い、僕の身体能力を一時的に、かつ100%以上の効率で引き出すことができるのだ。


「今のうちに!」


「お、おう!」


男性は我に返ると、慌てて車輪を正しい位置にはめ込み、軸を固定した。

僕はプログラムの終了と共に、その場にへたり込む。体中の魔力がごっそりと持っていかれた。


「坊主、大丈夫か!? すげえ力だったな……。もしかして、ギフトの力か?」


「……まあ、そんなところです」


僕は息を整えながら答える。男性は何度も僕に礼を言うと、自分の名前を「バラン」だと名乗った。行商人で、これからロックウェルに商品を届けに行く途中だという。


「ロックウェルまでなら、乗っていきな。礼だ」


その申し出を、断る理由はなかった。


荷台に揺られながら、僕はバランさんと色々な話をした。そして、目的の街、ロックウェルについても詳しく聞くことができた。


「ロックウェルは、この辺りじゃ一番大きな街だ。冒険者ギルドもあって、いつも活気に溢れてるぞ。ギフトを授かってさえいりゃ、ギルドへの登録は誰でもできる。だが、良い依頼をもらって名を上げるのは、ひと握りの実力者だけだ」


「実力、ですか」


「ああ。甘い考えの奴は、簡単な依頼ばかりで稼げずに消えていくってこった。だが、坊主なら大丈夫そうだ。なんたって、俺の荷馬車を持ち上げちまうんだからな!」


バランさんは豪快に笑う。そうこうしているうちに、馬車が小高い丘を越えた。

その瞬間、僕の視界に、信じられない光景が広がった。


石造りのしっかりとした城壁。その内側にひしめき合う、赤茶けた屋根の家々。村とは比べ物にならない、人の営みの熱気がそこにはあった。


「あれが、ロックウェルだ」


バランさんの言葉に、僕はゴクリと喉を鳴らす。


ここが、僕の冒険の始まりの場所か。

僕は、期待と少しの不安を胸に、街の門をまっすぐに見据えた。

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