第30話

ずっと言いたくて

でも

ずっと言えなくて


そんな想いだったのに





寂しそうに見えた入江先生に言いたい

そう思った。




同じ数学教師として従事している今、

高校生の頃よりかは近付いたであろう入江先生との距離がどうなってしまうのかなんて

後先なんてもう考えられなかった




でも


「・・・・・」


黙ったままの入江先生が

何を考えていて、次に何を語るのか

不安になった





「高島。」


『は、ハイ。』


「ありがとな。嬉しいよ。」


『い、いえ。』




スキですと言って

ありがとうと言われるのは

どう解釈すればいいのだろう?


嬉しいというのも

自分の思いが成就したのかもと


勝手に思ってしまう


いいのかな?


あたしも嬉しいって思っても・・・・




「でも・・な」



少々浮き足立っていたあたしの心は

入江先生の言葉の続きによって

あっという間に不安な気持ちに引き戻された。



入江先生が口にした【でも】という言葉は

【けれども】という逆説の接続詞の略語



ありがとう

嬉しいよ

の後に紡がれた【でも】の後の言葉はきっと

あたしにとっては、聞きたくない言葉



けれども、聞かないわけにはいかない


蒼井と入江先生の関係に入り込めないからと

さっさと自分の本当の気持ちから逃げたあの頃とは違う

現実を受け止めなくてはならないオトナに

なってしまっているから



『でも?』



入江先生の隣の助手席で、あたしはフロントガラス越しにまた夜空を見上げてから運転席にいる彼のほうを向き、【でも】の続きの言葉を促した。



彼もこちらを向いて、目が合った。

しばらく見つめ合ったあたしたち。


つい口角が引きつったあたしに

入江先生はふっと小さく笑った。



多分、その笑みは入江先生からの【でも】の続きを話そうという合図。


そう思ってあたしは入江先生の言葉の続きに耳を傾ける覚悟を決めた。



「高島は・・・」


『あっ、ハイ!!!』



つい構え過ぎて声が裏返ってしまった。


いつもなら、“声、変だぞ”って突っ込んでくるのに、今日はその声が聴こえない。



それどころか普段は他人と深いやりとりをする姿なんて滅多に見ないのに、いつもではあり得ないぐらい真っ直ぐな瞳であたしの瞳の奥の覗き込むようにじっと見つめられた。



「数学教師だろ?」


『ええ、まあ。』



じっと見つめられるぐらい入江先生は

あたしのスキという気持ちに真摯に向き合ってくれている


そう思ってたのに


【でも】の後の

数学教師だろ?の意味不明な発言

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