第10話 父と子への応援コメント
馬搬の話まで……
他の樹に「かかった」……山仕事の、一幕ですね。実際多くの人がこれで命を落としておりますね。
なんだか、知人が書いてるような気分がしてきました💦
作者からの返信
本業の方は注目するポイントが渋いですね。傾斜地で小さい地主が多いタイプの地域ではあるので馬搬で、ということにしてました。南部氏の馬牧場でもあった当地のイメージを残す、と言うところもあります。
一応木の滑り台の修羅とかも見てはおりましたが、このあと本誌でK先生から指摘が入り、2010年本屋大賞神去なあなあ日常の方ではその修羅が出てきまして。当時読んでなかったことですがかぶらなくて良かったなあと。
他の木にかかった…は本当に恐ろしいですね。命懸けの仕事に従事している方に尊敬が尽きません。
第9話 龍の木への応援コメント
本業がばれそうなので黙ってましたが、ハリギリ(うちのほうではセンの呼び名の方が多いかも)は確かに棘だらけ……しかし大木になってからも棘が多いということは、木材としてはあまり良くないのかな、と想像していただけに……同じ結論にたどり着いたという部分で、本職の匂いを感じますw
木材の質としてはケヤキの方が重用されますが、樹の「格」としてはセンの方が上と教わりました。センは神様の樹だと。
そのため、ケヤキは床板にも使いますが、センは絶対に足をかける(踏む)部材としては使わないそうです。
作者からの返信
天川様コメントありがとうございます。センノキ、固いからセンに使われると言った言葉が残ってるようですがどうでしょうか。この龍の木なんですが水を吸って栄養たっぷり温かいところにあるので中に隙間があるということです。ご推察の通りです。
床材にしないは初めて聞きました。センノキは東北では御神木になってる割合が多いのとアイヌでは丸木舟に使われた木https://ainu-center.hm.pref.hokkaido.lg.jp/kankou/kiyou/pdf/kiyou04-02.pdf
とのことで神性がある(舟には神が宿る)とみられたというのは調べてはいました。仏像になっている割合も多いです。クスノキ、カツラ、ヒノキが西側で神木が彫られて仏像となるのですが東北はヒノキとにているとかでセンノキが、また、時にケヤキ(ツキ)も彫られておりました。特にも仏教が入る前は神木や磐座が崇められてました。日本の仏像に木製が多いのは神木から形を掘り出すことで崇拝の対象を一体化していくという手法がとられたとのことです。しかし木材に対する実地的な知見は他に代え難いですね。ありがとうございます。
第3話 帰郷と旅立ち(二〇二〇年一月)への応援コメント
いい人は俺まで回ってこないよ
この言葉が胸に刺さります。
実際、良いなあと思う人は尽く相手がいるものでした。
思えば私も、神頼みは仕事がうまく行きますように、事故を起こしませんように……そんなことしか願ったことがありませんでした。異性の頼み……
うちの神様にも頼ってみようか。
実は家神さまの本業はそっちなのかもしれないし✨
作者からの返信
天川様コメントありがとうございます。相手と一体で輝いてるのかもしれませんね。神様には頼っていただいて。やはり天川様のお願いをお待ちしてると思いますよ。
編集済
第12話 境界を彫る(二〇二五年八月八日)への応援コメント
圧倒的な解像度。
そして、偶然ではありますが私が今いる場所、それらがリンクして唯一無二、後にも先にもない読後感を味わいました。
最後のお話が未来のことを書いている、という構成にも感動し震えます。
これは郷土の物語として世に出すべきではないか、という想いが駆け巡りますが、一方で、地元の人間というのは地元の話にそれほど価値を見出ださないという側面もあります…💦哀しいことですが。(私の住んでいるところは、特にそうです。話題性ばかり持て囃して内容や本質を理解する頭がないのです。作者さまの地元はそうでないことを願います)
奇しくも様々な要素が私自身の体験とリンクし、まるでそこに居るかのような臨場感がありました。……誰ですか、未熟だなんて言ったのはw
執筆が2020年ということは、道の駅渋民はその辺りから計画は出来上がっていたんですね。昨日、ちょうど寄ってきたところなので、まさに「見てきたように(実際見てるけどw)」目に浮かびました。
残念ながら私は本業の方は半ば夢破れましたが、そこで学び体験したことは作中の内容と寸分違うこと無く染み込みました。
カクヨム的ではないことは間違いありませんが、傑作であることも間違いありません。
素晴らしい物語でした✨
ありがとうございます✨
作者からの返信
天川様 感想もお褒めの言葉もありがとうございます。作品と伴走をしていただいたようで、実際そのお仕事に関わっていた方からのコメント大変ありがたく貴重です。
この作品を書くにあたり地域の多くの方にご協力をいただきました。
十一面観世音が衆生を導いてきたように、当時この地域に何ができるかそう考えるように師匠に指導を受けまして、郷土とは「何」か、どうなるのかという思いに真剣に向き合う機会とさせていただきました。私も当時地域小説を書くのは初めてで影裏なども知ってなかったので、手探りでこの形になりました。
道の駅と一緒に平安末期から残された十一面観世音菩薩像を拝む方も増えて欲しい、姫神山も登ってほしい。
その地域を支えてくれた方の仕事の数々を見てほしい、そして素晴らしい景色の中を見たり、その中を生きる方が増えてほしいと願ってやみません。