(二)
「とはいっても、準備は必要だからね。いづるくん、ネオリアにろーも。今日は家に帰って寝ようね」
「え」
「え」
「え」
ぽかんっと口を開ける一人と二匹に、遥人がひらひら手を振って部屋を出ていく。
「さあ、いくときは常世の市にいって、地底でもなんでもおまっかせ! 魔よけグッズシリーズ買って」なんて声が聞こえるがいづるたちは置いてかれた感しかない。唯一、意味が分かったのだろうか。オリビアは「ふうむ、なら私はお弁当をお願いしないと」と……いや、状況を楽しんでるようにも遠足気分にも捉えてる感ありありだ。
いづるが睨めば、肩をすくめて「じゃあ、また明日の放課後に」と手を振って出ていった。
「なんで、今すぐ行けばいいんじゃいか?」
「丸腰はやばいだろ」
「そうだな、主よ」
―—せいてはことを仕損じる。
ふっと、誰かの声が部屋に響き渡る。
驚いて部屋を仰ぐと、天井に何か、顔のようなのが浮かんだように見えて、思わず仰向けにこけそうになる。ネオリアは驚くことなく「やっぱ見てたか」と何か苦いものをかみしめた顔をしている。
ろーは「出たぞ! 幽霊! われ、こわい!」などキャーキャー叫んでるが、たぶん、わざとだろう。
「……だれか、います?」
―—もう、ずっと傍にいる
「? 傍に?」
「あー、なんていうかあれだわ、じばくれ……うわっ! 違うってわかってるって」
ネオリアの声に拒絶するように部屋が軋む。顔は見えなくなったが気配は感じる。いったいなんなんだ、ここは。いや、ネオリアたちが住んでる時点でただの家ではないのだが。
軋み震えた部屋に驚きながらも、息を詰めていたのに気づいてふっと緩める。
ああ。
手をつく握りしめていたのか、手の平が強張っていた。
ゆっくり頭を下げる。
誰かわからないが、自分たちが危険犯さぬようにしてくれた存在へ。
「止めてくれたんですよね? ありがとうございます。焦って助けるのに躍起になってました」
―—だれでも、大切な者ならそうなるのはわかる。だからこそ、焦ってはいけない。
そう、最後はささやくように言うと気配が去るのが分かった。
いづるは首をかしげて、天井をしばらく見つめる。
気配はないが、今もあの声の主は自分たちは見守ってくれている、きっと。
はーっと息をつく。
「ことをせいては仕損じるか、そうだよな」
「ま、そういうこった」
「うむ、わからん! だが、なんとなくわかる!」
「「どっちだよ」」
いつの間にやらヒマワリの種を取り出してモリモリ食べながらろーがそう叫んだのにいづるとネオリアは半眼で見たが、普段の雰囲気になんとなく張りつめていた気が緩むのを感じる。胸を撫で下ろす。
大丈夫だ。
まだ、間に合う。
先程までの焦りはない。
「帰るか、とりあえずは……ごはんだな」
「だな」
「うむ」
この考えの時点で、いづるもこの家に住むものと同じ異常さ、常軌を逸した存在になっていると理解するのはいつのことだろうか。
「さて、いづるくんも見事、あっという間に染まったねぇ」
うっそりと、それを見てほほ笑むオリビアがいたのを誰も知らない。
◇◇◇◇◇
「いづる、に、繋がらない……どうして。みんなにも繋がらない? なんで、どうして」
宮田は呆然と、町の空を見上げる。
赤黒い空を。確かに夜空だった空を。
誰にもつながらない、地底の空を絶望した顔で見上げるしかなかった。
「いづる、みんな……どうしたらいい」
その声に、こたえはない。
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