第一章

(一)


 本格的な冬の到来を感じる。

 十一月下旬。

 一人の友人が、一週間に数回と恒例となった呼び出しで(先生たちのお悩み相談室)不在のため、一緒にお昼食べようと待っているわけだが。

 足はうずうずと座りながらタップやら貧乏ゆすりを始める。

 八代 ゆうき

 織田 武人

 伊之瀬 薫(かおる)

 宮田 尋(ヒロ)

 は、机に頬杖をついて窓の外を眺める。

 いい天気だ、それはもう青い空である。

「もう冬かー、いろいろ恋しくなるな」

「冬だけにってか」

「いや、夏じゃないか? な、宮田!」

「……」

 いつもならテンポよく返事を返してくるのに、待てども待てども返事は来ない。

 三人が訝しんで、宮田の方を見るとモリモリとチーカマを頬張りながら、窓を見つめる姿があった。あれ? みんなでお昼食べる展開だったよね? 待ては?

 しかたないので、自分たちも菓子パンやら総菜パンをかじりだす。

 なお、まだ返事がない。

 どこかぼーっとした目で窓の外を見てるのだ。

 なんだなんだ? と三人は顔を寄せ合ってひそひそ声で話し出す。

「なあ、宮田のやつ、どうしたんだ?」

「さあ? なんか元気ないというか心ここに在らずというか」

「いつからだ?」


「たしか、三日前くらいからだな」


 後ろから声が降ってきて、ぎょっと振り返る。

 そこには待っていたはずのもう一人の友人——有川 いづるがどこかしたり顔をしていた。片手に大きな風呂敷堤、もう片方は水筒を持っている。

 いそいそと四人の横の席に座ると、風呂敷の包みを開けて中のお重を取り出した。

 今日はおいなりさんにじゃがいもの煮っころがし、ほうれん草の胡麻和えに、ポテトサラダがお目見えだ。三人の目がそれにくぎ付けなっていると、さっと紙皿と箸が手渡された。

「ほら、ばあちゃんから一緒に食べろって」

「やったー!」

「いつもありがとう、いづるのばあちゃん!」

「いづるもサンキュ!」

 三人が手をたたき合って喜ぶのに、いづるは「……まあ、贖罪でもあるし」と何かつぶやいたが聞こえなかった。相変わらず、肩やら足にもふっとした温かみがかすめる日々だが、続くと慣れるものである(※1の番外編:いづるの友人たちの奇怪な日常を参照ください)。

「あれ、菓子パンはんぶんきえ「いなりずし、いっぱいあるぞ」」

「なんか肩重いな、やっぱ「煮っころがし、バター隠し味だってばあちゃんが」」

「なあ、宮田のやつチーカマしか食べてなくない?「だな」」」

「「「いづる、どうした?」」」

「……いや、それより、宮田だろ」

 三人がどうしたと言わんばかりの目でいづるを見るが、さっと視線からよけて顎で宮田を指す。

 たしかに、言われてみればそうだと素直に宮田を見れば――

「……」

 もぐもぐもぐ。

 もぐもぐもぐ。

 もぐもぐもぐ。

 すごい速さでチーカマを食べている。いったいどれだけの数を持ってきているのか。まさか、カバンの中身は全部チーカマなんじゃないのか。

 周りのクラスメートたちは、奇怪なものを見る目で宮田を見ている。

「ねえ、絶対カバンの中身、チーカマオンリーよ」

「教科書ないわよ、あれ」

「いや、筆箱ぐらい」

「待て、筆箱の中からチーカマ出てきたぞ!」

「なんでだよ、普通ペンだろ?! え、まって、今日ずっとチーカマを手に持ってたの?!」

 ざわざわと周りが騒がしくなる。と、うっと宮田が口元を押さえた。

 すかさず、いづるが水筒のお茶を紙コップに注ぎ、手渡した。

 背中をさすってやっている。

「ちゃんとゆっくり噛んで食べないとダメだろ、いいか? 安心しろ、チーカマは逃げない」

 お前はおかんか。

 みんなの心は一つになった。

 でも、その中で女子が「ああいう、お母さん的なところ、いいわね」とときめいていて、男子がむきぃとなっていた。

 もちろん、友人たちも悔しそうにじゃがいもの煮っころがしに箸を刺しながらもぐもぐもぐもきゅとばかりに頬膨らまし食べていたが。

 いづるに注意された。


「箸で食べ物刺すんじゃない、やったらあげないからな」


「「「ごめんなさい」」」


 やっぱり、おかんだな。

 クラスメートたちの心は、またしても一つになった。






 

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