第30話
第30話「迷宮が試すもの」
【特別調査チーム編成通知】
迷宮第3層アーカイブブロックにおける異常構造および空間変動事案に関し、研究課主導による特別調査チームが編成されました。
チーム構成:研究課、探索課、特務対応班より選抜された複数名
任務目的:異常構造の詳細解析、変動要因の特定、外部干渉の可能性調査
対象区域:第3層アーカイブブロック 未踏破区域
本任務は、標準的な探索業務とは異なる特殊対応を要するため、選抜された職員には別途指示が通達されます。
参加者:三崎一郎(探索課)、春日井ほのか(探索課)他
通知画面を閉じると、探索一課のフロアに微かなざわめきが広がっているのが分かった。他の探索者たちの視線が、三崎と春日井に集まっている。噂は早い。
「おい、三崎」
振り返ると、探索一課主任の斎木が立っていた。
「研究課のチーム、聞いたぞ。お前と春日井が入ったそうだな」
「はい。先ほど通知が来ました」
「榊原主任から話は聞いている。相当な異常らしいな。だが……お前たち二人か」
斎木の目が、三崎の顔、そして隣で端末を見つめている春日井の顔へと動く。
「春日井はまだ経験が浅い。お前も単独行動は増えたが、まだ実戦経験は十分じゃない。そこに特務まで入るとなると……」
彼はそこで言葉を切った。だが、その言いたいことは明確だった。経験不足。リスク。そして、部署の垣根を越えた特殊任務への不安。
「現場の判断は、俺が行います」
三崎は静かに答えた。
「そうか。まあ、無茶だけはするな。記録は全て残る。それはお前たちの身を守る盾にもなる」
斎木はそれだけ言うと、背を向けた。
その直後、課長室のドアが開き、川崎優香が出てきた。彼女は三崎を一瞥し、手招きする。
課長室に入ると、川崎はデスクに座ったまま、静かに言った。
「チーム編成、聞いたわ。研究課が相当前のめりになってるみたいね。特務まで動くとなると、裏は相当深いでしょう」
「はい」
「あなたのスキルと、春日井のスキル。あの二つが組み合わさると、迷宮が隠しているものが見える……らしいわね」
川崎は端末を操作し、三崎と春日井のスキルログ、そして第三層の異常構造に関する解析データを映し出す。
「春日井のスキル評価は、これまで低かった。だが、今回の件で一気に跳ね上がった。研究課は彼女のスキルの真価に気づいた。そして、そのスキルを最大限に引き出すには、あなたの《計数解析》が必要だと判断した」
「……」
「彼女は、まだ自分のスキルを理解しきれていない。だからこそ、危うい。そして、それを理解しないまま、迷宮の深部に触れる可能性がある」
川崎は三崎の目を見た。
「あなたは、彼女の動きを、スキルを、正確に見て判断できる。そして、必要なら止められる。それが、あなたがこのチームに選ばれた理由の一つよ」
「……監視、ということですか」
「それも、役割の一つでしょうね」
川崎はわずかに口角を上げた。
「だが、それだけじゃない。この件は、他社の工作の可能性も示唆されている。迷宮は、もはや資源地だけじゃない。戦場よ。そして、あなたはその戦場で『視える』人間だ」
「……」
「気をつけなさい。足元を掬われないように。特に……春日井には」
その言葉に、三崎は内心で息を呑んだ。川崎は、春日井の不器用さや空回り、そしてそこから生じる危険性にも気づいていた。そして、それが意図的なものかもしれないという疑念も、抱いているのかもしれない。
「分かりました」
「任務の詳細は、研究課から直接連絡が来るはずよ。準備を怠らないように」
川崎はそれだけ言うと、再び端末に目を落とした。
課長室を出て、三崎は春日井の元へ向かった。彼女はまだ、端末とにらめっこしている。
「春日井先輩」
「あ、三崎くん! 見た? 見た? 私たち、特別チームだって! すごいね!」
彼女の顔は、興奮と喜びで輝いていた。まるで、初めて褒められた子供のようだ。
「……あなたのスキルが、すごいらしい」
三崎は正直に言った。
「えへへ……榊原主任が、そう言ってくれたんだ。私、今まで自分のスキル、全然役に立たないと思ってたから……すごく、嬉しい」
その笑顔は、偽りなく見えた。純粋な喜び。
「私のスキルと三崎くんのスキルが一緒になると、迷宮のすごい秘密が見えるんだって! 三崎くんの《計数解析》、すごいんだね!」
「……あなたのスキルもだ。迷宮の『変化』を記録できる可能性がある」
「へぇ! そうなんだ! よく分かんないけど、なんかすごいね!」
彼女は本当に、自分のスキルの「真価」を理解していないようだった。ただ、自分が役に立てることが嬉しい。その感情だけが、まっすぐに伝わってくる。
(この無邪気さは……演技なのか? それとも、本当に何も気づいていないだけなのか?)
三崎の疑念は、完全には晴れなかった。だが、彼女のスキルが迷宮の「過去」を映し出す鍵であるという事実は、彼にとって魅力的だった。
「今回の任務は、危険度が高い。特務対応班も同行する」
三崎は真剣な口調で言った。
「えっ……特務? あ、あの黒瀬さんとかいる?」
「可能性はある。彼らは、他社の工作や異常事態に対応する。今回の件は、それだけ重大だということだ」
ほのかの表情から、喜びの色が消え、緊張が走った。
「……そ、そうなんだ。でも、私……失敗しないように、頑張るから!」
彼女はぎゅっと拳を握り、三崎の顔を見上げた。その目には、決意の色が宿っていた。だが、その決意が、どこまで現場で機能するかは未知数だ。
(彼女の不器用さは、もはや個性ではない。それは、彼女自身をも危険に晒す要因だ)
「いいか、春日井先輩」
三崎はあえて「先輩」と呼びかけた。
「今回の任務では、俺の指示に従ってほしい。勝手な行動は、絶対にしないでくれ」
ほのかは一瞬、戸惑った顔をしたが、すぐに頷いた。
「……うん。わかった。迷惑かけないように、三崎くんの言うこと、ちゃんと聞くね」
その言葉に、三崎はわずかに安堵した。だが、同時に、彼女が「迷惑をかけないように」と意気込むあまり、また空回りするのではないかという予感も拭えなかった。
午後。研究棟の会議室。
特別調査チームのメンバーが集められた。研究課からは榊原主任、動態解析班の技術員数名。探索課からは三崎と春日井。そして、静かに部屋の隅に控える数名の人物。黒を基調とした装備。
榊原が任務概要を説明する。
「今回の任務は、第3層アーカイブブロックで発見された異常構造の詳細調査です。三崎隊員、春日井隊員のログに基づき、この構造体が自然発生ではない可能性が高いと判断されています」
モニターに、三崎の《計数解析》と春日井の《保管記憶》を重ね合わせたデータが表示される。空間の歪み、異常なexp濃度、そして時間軸を伴う波形。
「特に、春日井隊員のスキルが捉えた『変化の履歴』。これと三崎隊員の『現在の歪み』を比較することで、構造体の『生成過程』が解析できる可能性があります」
榊原の声に熱がこもる。
「この構造体が人工的なものだとすれば、それは迷宮内部への明確な干渉行為です。他企業による工作、あるいは未知の勢力の介入……いずれにせよ、看過できない事態です」
黒瀬が静かに口を開いた。
「我々クリムゾン・セクションは、この区域の封鎖および外部からの干渉排除を担当する。調査チームは、我々の指示のもと、安全を確保された区域内で解析作業に専念してもらう」
簡潔で、一切の妥協を許さない口調だった。
「調査チームのリーダーは、榊原主任。現場指揮は、私が行う。三崎隊員と春日井隊員は、榊原主任の指示に基づき、解析作業を遂行してください」
「了解しました」
三崎は即答した。春日井も、緊張した面持ちで頷いた。
「任務期間は、最大で72時間。必要に応じて延長する。装備は、標準装備に加え、研究課から支給される観測機器、そして必要と判断される個人装備を許可する」
榊原が三崎と春日井に視線を向けた。
「任務の成功は、あなたたちのスキル連携にかかっています。迷宮が何を隠しているのか。そして、誰がそれを隠そうとしているのか。それを、解き明かしてください」
会議が終わり、各自が準備に取り掛かる。三崎は春日井に声をかけた。
「準備を始めましょう。支給品リストを確認して」
「うん!」
春日井は元気よく返事をした。だが、その手はわずかに震えている。
(怖いのか……? それとも……)
三崎は彼女の横顔を見た。彼女の心の奥底にあるものが、彼にはまだ見えない。
それでも、彼らは行かなければならない。迷宮の深淵へ。そして、その裏に潜む「人の意志」の影へ。
地下ゲートへ向かう通路。黒瀬が三崎の横に並んだ。
「……春日井、使えるのか」
黒瀬の問いに、三崎は答えない。
「使えない人間を、現場に置く余裕は無い。これは遊びじゃない」
「……彼女のスキルは、この状況を打開する鍵になる可能性がある。それだけは、確かです」
「可能性、か。……まあいい。俺が見極める」
黒瀬はそれだけ言うと、先へと進んだ。
ゲート前。転送光が二人を包む。
「三崎くん、私、頑張るね!」
春日井の言葉が、光の中で響いた。
「……ああ。頼むぞ、春日井先輩」
三崎は静かに応じた。
迷宮第3層アーカイブブロック。未知のルート。人工的な構造体。そして、隠された真実。
彼らの新しい任務が、今、始まろうとしていた。
#####
同時に更新している他の作品と、投稿頻度の調整を行います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます