迷宮株式会社 ―ダンジョン開発課、命がけで成果出してます―
あつほし
第1話
第1話「はじめての迷宮、はじめてのリザルト」
面接の最後に言われた言葉を、今でも正確に思い出せる。
「三崎さん、うちは“第二の人生”を始める人が多いですから」
その通りだ。
俺は今日から、迷宮開発企業の探索課職員になる。三十四歳。元・商社の営業職。
心身を壊して退職し、無職歴は一年と少し。
再起を図る中で見つけたのが──この業界だった。
迷宮発生から約十年。
世界各地で“空間異常”として観測されたダンジョン群は、今や国家の新たなインフラであり、企業間競争の舞台となっている。
迷宮探索は高リスク・高成果の職種として制度化され、探索免許・契約保険・功労ポイント制などの枠組みも整ってきた。
もちろん、事前知識は可能な限り仕込んできたつもりだ。構造変異、ダンジョン気圧、初期スキル発現のタイミング──論理と確率の交差点に立てる職業。それが探索者。
その第一歩を、俺は今、踏み出そうとしていた。
⸻
「……じゃ、行きましょうか。今日は浅層ですし、まずは“入口の空気”に慣れるところから」
そう言ったのは、直属の上司──探索一課課長の川崎優香。
見た目はスーツに身を包んだ30代女性。
だが腰にはナイフが二本、腕時計型魔導デバイスは軍用モデル。
資料で見た“戦闘技能持ち職員”の条件をすべて満たしている。
「緊張してる? 初迷宮で死ぬ新人は今は少ないけど、ゼロじゃないわよ」
「理解しています。事前に死亡事例も確認済みです。……ただ、緊張はしていますね。予測と体感は別物です」
「ふふ、いい返答。そう、慣れるまでは“怖い”が一番の保険」
俺たちが向かっていたのは、東京都調布市に存在する「第23迷宮区画」。
都市再開発の地中層に局地的空間が発生したのが六年前。現在は国家認可の採掘・調査エリアとなっており、民間の探索企業による入域が許可されている。
フェンスに囲まれた現場の中心に、ぽっかりと“裂け目”のような穴が開いていた。
光を吸い込むような黒い縁取り。静かに脈打つ空間の鼓動。
──見慣れているはずの映像資料と、現実の質感は、やはり違う。
川崎課長が手首のデバイスを操作する。
「接続スキャン、開始」
■ 迷宮スキャン・同期完了
■ ダンジョン名:東京第23異空間ノード
■ 層区間:浅層A-3ブロック
■ 入域者:川崎優香/三崎一郎
■ 許可コード確認──探索開始プロトコル発動
「三崎くん、深呼吸はした? 一応言っておくけど、初回の着地は地味に痛いから覚悟しといて」
「着地衝撃も想定済みです。ただ、たぶんそれより衝撃的なのは“現場の空気”でしょうね」
「頭で分かってるタイプね、あんた」
その一言と同時に、地面が波打った。
音もなく、俺たちの足元が落ちる──
いや、“落ちる”というより、“ズレて滑る”ような感覚。
重力と空間軸が微かに歪む。人間の感覚だけが取り残される。
そして──俺たちは、ダンジョンに入った。
⸻
地面に着地した瞬間、思っていたよりも足場は柔らかく──そして静かだった。
音が、ない。
風の音も、人の声も、都市の雑音もすべて切断されたように、辺りは完全な“密室”としての世界を形成していた。
気圧は想定内。空気中の粒子濃度は高め。壁面の水分付着痕から判断するに、ここは長期安定型の空間だ。
「着地成功、怪我は?」
「問題ありません。重心はやや左に偏りましたが、許容範囲です」
「余裕ね。いいわ、初任務は資源の簡易サンプリングよ。まずは“使える層”の感覚に慣れて」
了解、と応じながら周囲をスキャンする。
見慣れたはずの人工的な模擬迷宮とは違い、本物の迷宮は“肌触り”が異なる。
岩壁はほのかに温かく、空気には鉄と苔、そして何か“過去”のにおいが混ざっている。
川崎課長が採掘ツールを取り出し、壁面に軽く突き立てると、光る鉱石が断面から顔を出した。
「燐鉄鉱。浅層にしては上出来。単価は安いけど、需要はあるわ。軍事、電子、医療、色んな方面に流れる」
「精製ルートまでの流通図、頭に入っています。現場で回収した時点での“粒度評価”は、こちらで記録します」
俺は端末を起動し、簡易測定とタグ付けを行う。地味だが重要な仕事だ。
探索者の給料は、素材の品質と件数、そして報告精度に比例する。
⸻
それから数分、通路を進むと、前方に“扉”が現れた。
重厚な鉄の扉。崩れかけの柱に支えられており、錆びているが、表面に何か模様がある。
「人工的……いや、“誰かの記憶をなぞった構造”ですか」
「鋭いわね。ここはね、人間の無意識が反映されやすい“同期型迷宮”。
探索者の感情や思考が、構造や罠の“生成素材”になる」
つまり、この扉は──誰かが“扉が必要だ”と認識して通った証だ。
そう考えながら、俺は扉に指を触れた。その瞬間。
■ スキル発現条件達成
■ 個体適性:三崎 一郎
■ スキル名:《計数解析(シンキングスコープ)》
■ 機能概要:対象物・空間・状況に対する数値評価・演算補助・視覚可視化
■ 起動を許可しますか?[Y/N]
……きた。
スキル発現の確率は「初回迷宮接触後10〜60分」が最多。
俺のような“知能型探索補助職”は、解析型・分析型の発現率が高い。
事前に統計を叩き込んできたから、驚きよりも“納得”が先に来る。
「起動、許可」
脳内に静かな感覚が走る。空間の輪郭が拡張され、数値のフィルタが視界に現れた。
──壁面硬度:3.2/通路湿度:12%上昇中/空間構造安定度:B/扉構造信頼度:低
まるでARを通して迷宮を“システム化”したような視覚処理。
これは──間違いなく当たりだ。
「……スキル、発現しました。《計数解析》。予想通りの解析補助型です」
「お、支援系か。いいわね。探索チームでは一番ありがたいポジションよ。
地味だけど、数値出せる人間が一人いるだけで、生存率が跳ね上がる」
俺は視界に映った“数値”の中から、微かに“異常”を拾った。
「……床面、2メートル前方に密度変化。熱源が断続的に発生してる」
「……それ、トラップだわ。しゃがんで」
言われるより先に、反射でしゃがむ。直後。
バシュン!
鋼鉄の杭が、通路の壁を突き破って飛来した。
俺の頭をかすめ、後方の岩壁に深く突き刺さる。
「視認不能の初期型罠。たぶん“速度補正”付き。うっかりしてると、首がなくなるわよ」
「……ありがとうございます。初回にしては、悪くない経験です」
息を整えながら、俺はトラップ情報を端末に記録した。
これもまた、成果として評価対象になる。
⸻
通路の先に、暗がりが見えた。微かに光る何かが動いている。
川崎課長が、足を止める。
「さて──初戦闘、行ってみましょうか」
部屋の中央に、それはいた。
──金属製の獣。背中に小型の排気筒を載せ、四肢には旧型の油圧駆動。
動きは緩慢だが、眼だけが異様な速度でこちらを追っている。
バーストラット。
この迷宮における浅層常連モンスター。自走型の迎撃ユニットだ。
「……Cランク、バーストラット。爆発反応型。反応核は右奥、背部ユニットの裏側──」
スキルによる解析結果を確認しながら、俺は声に出した。
もちろん知っている。浅層モンスターの中では古参中の古参だ。
「ちゃんと見えてるじゃない。そう、それが“自分のスキルで見る”ってことよ」
横で川崎課長がにやりと笑った。
「知識と現場のつなぎ目を、自分で補完できる新人は貴重なのよ」
彼女はすでにナイフを手にしている。迷いも隙もない。
「バーストラットは何十体も潰してきたけど、今日はあんたの目で出した答えを信じてやる。
三秒、見てなさい」
そう言って、課長は踏み込んだ。
獣が反応するより速く、低く滑るように接近し──
ナイフが鋼の継ぎ目を貫いた。
ほんのわずか、金属音が響いたかと思うと、バーストラットは微かに身を震わせ、そのまま崩れ落ちた。
爆発は──ない。
音も、煙も、何もないままに、沈黙する。
「……完了。誘爆なし。やっぱり、そこが弱点で間違いなかった」
「ありがとうございます。解析が機能した証明になりました」
俺は残骸に近づき、熱源と残留反応をスキャン。問題なし。
表皮の損傷も抑えられており、素材価値は高い。未鑑定部位を回収し、タグ付けして収納袋へ。
初任務の〆としては、申し分ない成果だった。
⸻
帰還は問題なく完了した。
ダンジョン入口に戻り、地上へ転送されたあと、俺たちは社に戻る。
探索終了後は、成果報告と業績評価の時間だ。
「じゃ、三崎くん。初リザルト、確認してごらん」
課長に促され、俺は報告端末にIDを入力した。
【迷宮探索業務:帰還リザルト】
◆ 任務名:第23迷宮浅層 初期導入サンプル調査
◆ 同行者:川崎優香(探索一課課長)
◆ 探索時間:52分
◆ 貢献度(自動解析):27.3%
【成果物評価】
・燐鉄鉱サンプル ×6 ……評価 3点(0.5点 ×6)
・バーストラット破片(未鑑定)×1 ……評価 15点
・罠情報提供(種類特定済)……評価 5点
▶ 合計評価点:23点
▶ 探索功労ポイント:+12pt(今月あと88ptで基本給満額)
「初任務にしては上出来よ。浅層で20点超えは、ちゃんと働いた証拠」
課長はそう言って、軽く俺の背中を叩いた。
俺は頷き、デスクに戻る。
端末が自動的に記録を同期し、スキルログと報告書が整理されていく。
探索記録アプリ、素材管理アプリ、そして……遺書テンプレート。
笑ってしまいそうになる。
モニターに浮かぶ、初期設定のメッセージが目に入った。
ようこそ、迷宮株式会社レイヤーズ・テクノロジー探索一課へ。
あなたの命が、きっと明日の資産になりますように。
悪趣味だが、嫌いじゃない。
──こういう現場で、こういう連中と働いていくのも、案外悪くない。
#######
似た名前の会社が多かったので、会社名を変更しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます