第3話 森で出逢った狩人

 迷いました。最悪です。真っ直ぐ進んだはずなのに一向に森から抜け出せない。


(どうしよう。このまま夜になったら……)


 私はたちまち不安になった。鬱蒼とした森には城の中では見たこともないような虫や蛇、狼がいると聞いたことがある。


 いや、悪い事を考えちゃ駄目だ。この森は薬になる材料が豊富にあると思えば怖くはない。


 試しに図鑑を片手にパラパラとめくりながら歩いていく。


「あっ! チューだ!」


 図鑑に載っている植物を見つけたので近寄った。図鑑にネズミの顔をした花のイラストが描かれているのがチューという植物だ。


(取りあえず摘んでおこう。図鑑には……花の部分が薬になるって書いてある。へぇ、胃の不調に効くんだ)


 私は摘み取った花をハンカチにくるんで持って行った。


 少し歩くと道端に人が倒れていた。


「大丈夫ですか?!」


 私はすぐに駆け寄った。私と年が近そうな黒のショートヘアの男性が唸っていた。


「は、はらが……腹がいてぇ……」

「お腹が痛い? あっ!」


 私はすぐに先程採ったチューを見た。でも、このまま食べさせるのは危険だ。私は鞄から小さな鍋を取り出した。近くにあった泉から水を拝借した。


 火を起こして煮沸させた後、葉と根っこを綺麗に取って洗ったチューの花を入れる。花の色がお湯に溶けて黄色に染まっていく。


 マグカップも持ち合わせていたのでそれに注いだ。さすがに熱々の状態で飲ませる訳にはいかないのでフーフーして冷ました。


 彼の身体を起こして木にもたれかけさせた。かなり苦しそうだ。


「ほら、飲んでください」


 マグカップに口を付けて慎重に飲ませた。彼はチューから発せられる独特の匂いに苦い顔をしたが素直に飲んでくれた。若干むせた後、何回か口に入れた。


 そして、オレンジ色の瞳が開いた。


「お腹は痛くなくなりましたか?」

「ん? あ、あぁ……」


 心の中で『よっしゃーー!!』と叫んだ。この図鑑はやっぱり本物だ。薬草以外で病気を治せるんだ。


 彼は立ち上がると、なぜか睨んだ。


「お前は誰だ? 新手の治癒士か?」


 え? いきなり上から目線? 普通こういう時は『ありがとうございます』って言うのが常識でしょ。


 私は彼の態度に腹が立つも「メディーナです。治癒士ではないので高い料金とかは請求しませんよ」と顔を出さずに返した。


「あなたのお名前は?」

「……キータだ」

「キータさんはこんな所で何を?」

「今日の晩御飯の飯を狩っていた所だ」


 キータの目線の先に弓矢と狩った獣があった。


「で、一休みしようと思って木の実を食べていたら急に腹が痛くなって……」

「食あたりですね。駄目ですよ。むやみやたらと食べちゃ」

「お前は俺のお姉さんか。そういうお前こそ何しにこの森に?」

「私はナポポポーン村を探しているんです。ご存知ですか?」

「知ってる」

「本当ですか?! どこにあります?! 教えてくれると助かります!」

「教えるのも何も……俺が住んでいる村だ」

「えぇっ?! 本当ですか?! あの、もし良かったら連れてってくれませんか?」

「まぁ、狩りも終わったし……いいぞ」

「ありがとうございます! 助かります!」


 あぁ、よかった。まさか探していた村の人に出逢えるなんて。これも女神様からの思し召しかなぁ。


「じゃあ、ほら……これを持て」


 キータはそう言うと私に矢筒を渡してきた。


「え?」

「なにボゥッとしてるんだ。運べ」

「な、なんで……」

「じゃあ、獲物の方を運ぶか?」

「いえ、運びます」


 これ以上話し合いは無理そうだったので、言われた通りに持ち運ぶ事にした。


 あれれ、おっかしいなぁ。私、彼の事を助けたはずなのに。なんで荷物持ちみたいなことさせられてるんだろ。


 でも、まぁ、案内だけの関係だし。終わったら手を振ってバイバイして切り直そう。


 私は心の中でそう思いながら重たい矢筒を運んだ。



 どうにか日暮れまでにナポポポーン村に着く事ができた。キータの家は村の入り口から少し進んだ所にある。


 辺境の村だけあって、王都より遥かに人は少ない。むしろ鳥の方が多いのではないかと思ってしまう。建物も派手な装飾もなく質素な木造が軒を連ねる。


 食材を売っている店は見かけなかった。皆、自給自足で生活しているらしい。お金を使うのは治癒士や白魔術師達の治療やポーション代らしい。


「この村にも来るんですか?」

「あぁ、たまにな。でも、どいつもこいつも胡散臭くて腹黒い奴らばかりだ」


 その部分は共感できると思った所でキータの家に着いた。


 彼の家も木を基調としたものだった。キータが「ただいま」とドアを開けると「おかえりー!」「わぁっ!でっかい!」「今日はごちそうだー!」と可愛らしい声が聞こえてきた。


「お邪魔します……」


 私も恐る恐る中に入る。中はそこそこ広く、大きなテーブルと椅子が数個。奥にはキッチンがあって干し肉がぶら下がっていた。


 私の予想通り、10歳以下の子供達がキータに群がっていた。私の登場にキョトンとした顔を浮かべて見ていた。


「お帰り、キータ……はっ?!」


 奥で鍋を煮込んでいた若い女性(母親?)が私を見た瞬間、おたまを落とした。


「ま、まままままさか?! キータの?!」


 彼女は興奮気味に私に近寄ると両手を握った。矢筒が落ちた。


「色々とふつつかな弟ですが、よろしくお願いします!」

「は、はい?!」


 急になに?! え、待って。この返しはもしかして……。


「姉ちゃん! こいつは俺のお嫁さんじゃないって!」


 やっぱり! なんか勘違いされてる!


「あ、あの、キータのお、お姉さん? 私は別にあの……彼とは出逢ったばかりで……」

「え?」


 キータのお姉さんはまだ状況を掴めないでいた。キータが私と出逢った経緯を話すとお姉さんは「なーんだ」とガッカリした顔をしていた。


「でも、命の恩人である事は間違いない。私はアーミラ。テーブルに座っているちっこいのがマクター、ラクター、リパー。あなたは?」

「メディーナです。王都から来ました」

「へぇ! わざわざそんな遠くから……メディーナちゃん。せっかくだから家で食べていかない? ここは宿みたいな所はないしレストランも……酒場ぐらいしかないから」

「ありがとうございます!」


 私は深々と頭を下げた。


「しっかりしてるね~! どこかの誰かに見習ってほしいわぁ~!」


 アーミラさんがジィッとキータを見ていた。キータは「なんだよ」と睨んだ。


「はぁ……この子の旦那さんは無理かぁ」

「おい、姉さん。さっきからなんでこいつの事を……」

「こいつとか言っちゃだめでしょ!」


 アーミラさんがキータの頭をポカっと叩いた。キータは「いてぇな」と少し睨んだ。


「さぁっ! ご飯にしましょう! メディーナちゃんはそこで座ってて」

「いえ、お手伝いさせていただきます!」

「ほんとに? 助かるわぁ!」


 私は鞄と矢筒を壁に立てかけて、アーミラさんの料理を手伝った。キータが狩ってきた獲物を解体するのは任せて、私は野菜を切る事にした。


「じゃあ、このジャガイモの皮を剥いて」

「手ですか?」

「違うよ! 包丁!」

「えーと……」


 料理人が作ってメイドが運んだのを食べていたので、どうやって野菜の皮を剥くのか分からなかった。なので、まずはアーミラさんにお手本を見せてもらう事にした。


「包丁を縦にして滑るように……」

「なるほど! ありがとうございます!」


 指を怪我しないように細心の注意をはらいながら皮を剥いて切る。他の野菜も同様にやってどうにか全部切る事ができた。


 野菜を炒めて、味見をしたりして、どうにか料理を完成する事ができた。


「さぁっ! 今日はごちそうだよ~!」


 アーミラさんが上機嫌に大皿に狩った獲物の焼いたのをテーブルに乗せた。キータの妹と弟であるマクター、ラクター、リパーが目を輝かせていた。


「いっただきまーす!」

「いっただきー!」

「うまー!」

「おい、俺の分も残しておけよ!」


 皆、取り合うように肉にフォークを刺して食べていた。私が呆気に取られると、アーミラさんは「騒がしくてごめんね」と片目を瞑った。


「いえいえ、賑やかで楽しいです」

「メディーナちゃんのお家は違うの?」

「うーん……もう少し静かに食べますね」

「へぇ、そうなんだ」


 アーミラさんはそう言って私が炒めたジャガイモを食べた。


「うん、美味しい! 料理のセンスあるよ!」


 アーミラさんに誉められちゃった。私も食べてみる。


 ……うーん、少しシャキシャキしているけど、食べれなくはないかな。


「あの……気を使わなくて大丈夫ですよ」

「ん? 別に本当の事を言っただけだよ」


 アーミラさんは満面の笑みでそう言ってくれた。可愛い子ども達も私が作った料理を美味しそうに頬張っていた。キータは無愛想だったけど。


(私、この村好きかも)


 まだ入ったばかりなのにそう思った。これから先も素敵な出逢いを願ってまた一口食べた。

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