師匠と蛇神退治。①
フラムからもらったカエルのぬいぐるみの加護なのか、それともルビーが覚悟を決めたからなのか、旅の途中で蛇神の幻影が現れることはなかった。
旅はあまりにも順調で、神の加護を感じるほどだった。言うまでもなくそれは邪神の加護で、むしろ不吉の象徴みたいなものだ。
呪いというマーキングを施した獲物が、10年の時を経て生贄を携えて口の中に飛び込んで来ようというのだから、蛇神としてはカゴ一杯の木苺ほどに加護をくれてやってもまだ足りないはずだ。
やがて、俺達は目的地にたどり着いた。十年前、ルビーが迷い込んだという洞窟の入り口。蛇の口のような入り口からは強い冷気が漏れ出していた。
「覚悟はいいか、ルビー」
「……だっ、大丈夫、いけるわ……」
言葉とは裏腹にルビーの足は震えていた。10年の時を経ても少しも色あせることのない恐怖が、脳みそに刷り込まれた戦慄が、ルビーにその一歩を踏み出すのを禁じている。
「ルビー、こないだギルドでの自分の活躍を声高に語っていたけど、あれって嘘じゃないのか?」
「ああいうのは嘘とは言わないのよ」
「そうか……でも、それも今日で終わりだ。なにせ今日、お前の武勇伝には神殺しが加わるんだからな」
「それは最高ね……クランロードどころかギルドマスターの座も夢じゃないわ」
「まぁ、実際はデカい蛇を退治しただけなんだけどな」
「それでもいいじゃない。尾ひれでも手足でもなんでもその大蛇にくっつけまくって、ギルドの仲間たちに自慢してやるわ」
そして、ルビーは足にかけられた石化の呪いを解いて、洞窟の中に踏み出す。
中はすぐに行き止まりになっていて、そこにとぐろを巻いた大蛇がいた。
「よく来たな……いや、おかえりとぜひ言わせてくれ、ルビー。10年前、お前を石化しなくてよかったと心から思っている。お前のおかげで退屈せずに済んだ」
巨大な蛇神は先が二つに分かれた舌で舌なめずりをして、俺達を値踏みする。
「そうだ、オレはまたいいことを思いついたぞ。ルビー、今度はお前にもっともっと強力な呪いを授けてやろう。お前と話をするだけで石化する呪いだ。どうだ、ルビーまだ生きていたくはないか、死ぬのは怖くないか?」
「ふざけないでッ!これ以上、私の人生をあんたにもてあそばれるのはお断りよッ!!!」
叫び、跳躍し、ルビーが蛇神・ヴァイスへと襲い掛かった。彼女の攻撃は蛇の胴体を直撃する。おそらくダメージはないが、それも作戦のうちだ。
ちょこまかとルビーが蛇神にまとわりつく。それを振り払おうと尻尾を振り回して応戦するが、ルビーは持ち前の優れたバランス感覚によって、いともたやすくその攻撃を避けていた。ルビーはもう、幼き日の彼女ではない。
ただ攻撃が効いている気配はなく、蛇神はそんなルビーを嘲笑し、挑発する。
「ルビー、無駄なあがきはやめろ。生きるために俺の呪いを受け取れ」
そんなルビーの動きを十分に離れたところから見守りながら、俺はゆっくりと詠唱を始める。星瞳術の一つ、狙った場所に隕石を降らせることの出来る”グラン・ステラ”。洞窟の入り口まで蛇神をおびき出している。詠唱に十分な時間を取ることが出来れば、蛇神に致命的なダメージを与えることが出来るはずだ。
その作戦の致命的な問題は、俺の詠唱がとても遅いということ。
「させないッ!」
ルビーが一喝し、蛇神が俺の方に尻尾で蹴飛ばした岩石を弾き飛ばす。水しぶきのかわりに石つぶてが飛んでくる滝つぼにいるみたいなのに、ルビーは正確に俺の方に飛んでくる攻撃の方向を変えていく。
思った通り、いや思った以上にルビーは強い。今のところ時間稼ぎは順調にできている。
「人風情が調子に乗るなよ。忘れてはいないか、オレが神であるということを……」
蛇神・ヴァイスは息を吸い込んだ。石化ブレスを吐くつもりだ。ヴァイスがこの攻撃を選択すれば、俺は呪文を中断せざるを得ない……それこそが狙いだった。
俺は迷うことなく、詠唱を途中で破棄した。
クランの部屋にある古書を、俺は旅に出る前に片っ端から漁ってみた。そこで俺は蛇神の弱点の存在を知った。それが石化の毒煙を吐くときにのみ姿を見せる
「――降り注げ、星の涙。いけっ、”グラン・ステラッ”!!!」
俺は渾身の魔力を込めて、星瞳術の最高位呪文を解き放つ。
同時にヴァイスが石化ブレスを吐くために大きく息を吸った。そのアゴをルビーが下から思いっきり蹴っ飛ばす。洞窟の天井を貫き、拳ほどの隕石が降ってくる。やはり、呪文を中断したせいで、威力が足りないッ!
隕石は首尾よく蛇神の口の中に飛び込んだが、しかしそれだけだった。蛇神はひと時の間のたうち回ったが、すぐに正気を取り戻す。
「ぐわああああああああッ!」
洞窟が崩れてしまうほどの蛇神の怒りの咆哮。――失敗、その二文字だけが脳裏をよぎり、それはやがて”死”という一文字になる。
すべてをかけた一撃は失敗に終わってしまった。
「オレはな……オレ様は誰よりも寛大な神だ。忘れるな、ルビー。オレ様は、お前に猶予を与えたのだ。神域を穢した無礼なガキに生きるチャンスを与えてやったのだ。その恩をあだで返そうというのか」
「いいえ、違うわ」
「お前はオレに生かされているんだッ!」
「違うわ、すぐにあなたが死ぬのよ」
そして、ルビーは蛇神の瞳をまっすぐにみつめた。
蛇神は再び、石化ブレスを構えた。その時、蛇神・ヴァイスの肉体が膨張を始める。それは風船みたいにふくらみ、
「ぎゃああああああああああああああああああッ!!!」
そして、破裂した。
蛇神が苦しみにのたうつ、その悲鳴を背に俺たちは洞窟を後にした。洞窟に爆発音と断末魔と、そして行き場を失った石化ブレスが充満する。
俺とルビーは洞窟の外に出て、勝利の喜びを分かち合う……そのはずだった。
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