師匠、品定めされる。②
チビと呼ばれるのは心外だ。そもそも目の前の老人は俺の身長の半分くらいしかないし、さらにその身体の短さを考えても、十分に不十分な短い杖を持っていた。俺の鼻先でその杖をぶんぶんと振り回す。
「お前さん、試験の様子を見ておったぞ。本当に大したことないのおーー、おぬし。あのアリスの師匠と聞いておったのに、期待外れもいいところじゃ」
うるさいな、余計なお世話。俺は喉まで出かかったそんな言葉を飲み込んで、きびすをかえした。こういう手合いは相手するだけ時間の無駄な気がする。
「そもそもあれだけ連勝できたのも対戦相手が運よく雑魚ばかりじゃったからじゃ。自分が強いなどとまかり間違ってもそんな勘違いをするなよ、若造」
俺は歩き出したのに、その老人は杖を俺の足元でぶんぶんと振り回しながらちょこまかとついてきた。時折、杖の先が足に当たっているが、まったく痛くはない。
「選ばれなかったのも悪いウワサのせいなどではないぞ。単純におぬしの実力不足が原因じゃ」
「言いたいことは分かったから。おじいさん、もう着いてこないでくれよ」
「ふんっ!」
老人は鼻を鳴らして、さらに大声でこう言った。
「よいのか?わしがおぬしをクランに入れてやろうというのに。」
勧誘だったのか。ならば話は違う。
「それはいい話だ」
「ワシはクラン・”
「よろしく……俺の名前は……」
「こっちじゃ、早く来いッ!!!」
俺の話をさえぎったギリオンは、その短い杖に先導させてギルドを奥へ奥へと進んでいった。やがて一枚の分厚い扉の前に立ち、それを開く。かびとほこりの匂いが、まるでリッチの死の吐息のように襲い掛かり、俺は激しく咳き込んだ。
「まぁ、入れ」
部屋に入る前に試しに手をかざすと、その上にみるみるうちに
見た目はノームかドワーフにみたいなのに、ギリオンの動作はとても素早い。果たして彼に杖は必要なのか、否か。
とにかく部屋に入って周囲を見回すと、まず部屋の奥の椅子に腰かけている少女が目に入る。うずたかく積まれた本の、その最奥の椅子に腰かけている”古書のお姫様”とでも言いたくなるような少女は、俺たちの騒ぎを少しも気にかけることなく、視線を落とした書物から顔をあげる気配も全くない。
「あれは気にせんでいい。害はないが、話しかけるなよ。そんなことをすればお主の安全は保障できんからな」
「なんだよ……それ」
ギリオンは本の山を突き崩したり、乱暴に投げ捨てたり、まさにクラン名に恥じない古書の扱いで二人分のスペースを作った。
「はっきり言おう。おぬしをこのクランに入れてやってもいい」
「それはありがたい」
「バカッ!もっと喜べ!!!このクランにはな、それはそれは長い歴史があるんじゃ。今のギルマス、メディアの小僧っ子が作ったクラン・”銀の王国”なんかまったく目じゃない長い歴史が……ギルマスで言うならその先代の、先代の……」
「わかった……わかったからギリオンさん、それくらいにして……本題に入りましょうよ」
ギルドに入れるなら、多少埃っぽいクランの部屋も我慢しよう。アリスのヒモからの脱出は俺にとって目下の最重要課題だ。
「……じゃが、それには条件がある」
「――あてッ」
俺はずっこけた。なるほどそう来たか。この爺さん、見た目通りに、いや、見た目以上に面倒くさい。
「……それでその条件ってのは何です?」
「それはお主がこのギルドのクランロードになることじゃ」
「……へ?」
てっきり無理難題を吹っかけられると思い込んでいたので、拍子抜けした。ギリオンは新入りの俺にわざわざクランロードの地位まで譲ってくれるという。それは……にわかに胡散臭さが増してくる。
「実はこのクランのメンバーは、ワシとこの娘・フラムの二人っきりなんじゃが、わしはもうすぐ隠居の予定でな。じゃが、わしの代でこの長い歴史を持つクランを終わらせてしまうのは歴代のクランロード達に申し訳が立たない。
そこでお主を選んだ……そういうわけじゃ」
「なんで俺なんです?」
「おぬしがいい感じに弱いからじゃ。強い奴は大手のクランに引く手あまた。じゃが、弱すぎる奴ではクランロードになるための試練には合格できん。その点、お主は弱い連中の中では非常に強い。まさにこのクランが必要としている人材じゃ」
頼む、そう言ってギリオンはたった一度きり、頭を下げた。俺は瞬きほどの間、悩んだが、とりあえずは引き受けてみることにした。最悪、全部投げ捨てて逃げ出してしまえばいい。
「お引き受けし……」
「そうか、引き受けてくれるか。これでこのクランも安泰じゃ」
そう言うと、ギリオンはどこからか取り出したのか、大きな風呂敷包みを背中に抱背負った。
「後は任せたぞ。フラムに餌をやることだけは忘れてくれるなよ!」
そして、爺さんは風のように消えていった。
ギルドの一室には、かび臭い本と少女と間抜けな詐欺にひっかかった俺だけが取り残された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます