師匠、品定めされる。①
王都の中央にある巨大な宮殿……それは宮殿ではなくて、この国を実質的に支配しているとうそぶいているギルド・”銀の王国”の本部だった。その地下の大規模な闘技場に俺は足を踏み入れた。
そこは人で埋め尽くされていた。
今日はこのギルドの訓練場で、冒険者の入団試験が行われることになっている。そこにいるのは剣士、戦士、騎士、魔術師、錬金術師などなど。職業も年齢も性別も問わずあらゆる人種がいる。ギルドマスターのメディアが大言壮語しているこの王国を支配しているという虚言もこの景色を見れば、あながち嘘ではないのかもしれない。
「ギルドの入団試験の受験希望者は、こちらで受付を済ませてください」
そんなアナウンスがなされると、参加希望者はぞろぞろと牧場の牛のようにそちらに向かい始めた。俺もおとなしくその列に加わった。
アリスのしでかしたとんでもないこと、要するにギルドの乗っ取りは失敗に終わり、その代償として俺たちは巨額の借金を危うく背負わされそうになった。その危機は脱しても、決してお金がいらないとはならない。
生きていくにはお金がいる。しかし、ずっと聖教会から逃げるだけの人生を送って来た俺に、この世界の外からやって来た異邦人に出来そうな仕事なんて胡散臭い冒険者くらいのモノだろう。
だから、俺はアリスの監視もかねて、このギルドで冒険者になる道を選んだ。
「みなさん、こんにちは。今日は入団試験にお集まりいただき、ありがとうございます。本日は一次試験と二次試験が行われます。一次試験は身体能力と魔法の腕試し。その後の二次試験は実戦形式で行われます」
緊張した様子でアナウンスを読み上げるギルド職員。彼女自身もギルドの新入りなのかもしれない。アリスの起こしたクーデター騒動で半分近くのクランが脱退した”銀の王国”は今、深刻な人手不足に陥っているとのうわさだ。
「一次試験並びに二次試験は、”銀の王国”所属の各クランの担当者が観戦しています。彼らにクランへの加入を勧誘されれば、その時点で合格となります。逆に言えば、どのクランからも勧誘されない場合、どれほど試験の結果がよくても不合格になりますのでご承知おきください」
ギルドはクランの集合体だとリモネが以前言っていた。試験の場でもギルドへの適正ではなく、各クランへの適性がチェックされるということらしい。
その後、すぐに行われた一次試験を終えて一息ついていると、リモネがやって来て話しかけてくる。
「あなたってやっぱりすごいわね。一次試験の結果は参加者の中でもトップクラスね。さすがはあのアリスの師匠と言ったところかしら」
「ありがとうございます、リモネさん」
やはり彼女の前ではどこかぎこちなくなってしまうのはなぜなのだろう?
「まぁ、試験の結果がどれだけよくてもクランの目に留まらないとギルドへの加入は認められないから、それがこの試験の難しいところなのよね。特にあなたの場合、悪評が広まっちゃっているから」
その噂は試験会場でも耳にした。アリス・ダブルクロスは誰かにクーデターをそそのかされた。その誰かの正体は、彼女の得体のしれない師匠なのだと。
本当の黒幕は未だにつかまっていないのよ、とリモネは付け加えてくれた。
「まぁ、俺はやるべきことをやるだけです」
「そう……とにかく頑張りなさい。きっとどこかのギルドが拾ってくれるわよ」
二次試験もすぐに始まるわ、そう言ってリモネは去っていった。
二次試験は一対一の決闘方式。一度でも負けるか、クランから勧誘を受けるまではずっと対戦が組まれる。
ちなみに俺はこれから5回目の決闘に挑むところだ。
「おい、あいつって例の……」
「あぁ、あれがアリス・ダブルクロスの”黒幕”……という噂だ。どれだけ強くてもあいつだけは採用できないな、ギルドの裏切者じゃないか」
「あのアリスの師匠というから期待してみれば、なんだあれは。まるで弟子の足元にも及んでいないじゃないか」
「今日の連勝も全部、八百長じゃあないのか?」
そんなささやきが嫌でも耳に入ってくる中で、俺はその決闘に勝利する。ここまで来ると人数もかなり絞られてきて、受験者も残り数人。そもそも選ぶ側のクランの担当者もすでに帰ったか、帰り支度を始めているかのどちらかだった。
結局、それで対戦相手がいなくなり、その時点で試験は終了した。
「お疲れさま、なかなか立派な成績ね」
「ありがとうございます、リモネさん」
「それだけに結果が伴わなくて残念ね。こんなこと滅多にないのよ」
リモネさんがくれたねぎらいの言葉とふかふかのタオルは俺にとって、何よりの慰めになった。
「ありがとうございます」
「そんなに落ち込まないで。次の入団試験は、また3か月後に行われる。その時にもう一度、頑張りなさい」
「……そうですね。もっと強くなってまた挑戦します」
「そうそう。それに今度は私の知り合いのクランに声をかけておくから、こんなことにはならないわ」
落ち込んだ気持ちを柔らかくもみほぐして、リモネは去っていった。彼女も忙しいだろうに、本当に面倒見のいい性格だ。
「おい、お前さんッ!」
とりあえずアリスの働いているカフェにでもよってこれからのことを考えるか。
「チビのお前さんじゃよ、ワシが話しかけておるのわ」
なんだ?俺は不本意ながら(チビと呼ばれて振り向くのは自分がチビであると認めている気がして嫌だ)振り向いて、声の主を探した。
そこには、俺の腰くらいしかない背丈の老人がいた。
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