17話「帰」



〈双塔・踊り場〉


 ユウは一歩、前へ出た。


「ユウ、どこへ行くつもりだ……」


 その場の視線が一斉にユウに集まる。


「総司令。さっきのo印の男が誰なのか、俺は確認しなきゃいけない。——行かせてください」


 右手は無意識に想剣ヴィシンの柄を握っていた。指先に、冷たい金属の線。


 ガルドは首を横に振る。


「お前の勘は当たっているだろう。だが、奴らは手強い。——ひとりで行く気か」


「おいおい、話についていけねぇ。なぁ? クロエ」


 ブランドが割って入る。クロエは肩越しにユウを見やって、小さく息を吐いた。



総司令はわかりやすい例えを話す。

「ブランド。お前にも“どこで何をしてるか分からなくなった奴”がいただろ。……そう言う人が見つかるかもしれない」


 クロエの横顔に、少し驚きの色が走る。


「へぇ。あなたにも“大切”な人、いたんだ」


「十代の頃、兄みたいな奴がいた。バカやって、一緒に修羅場も乗り越えた。……二十年も前か」


 ブランドは一瞬だけ遠くを見た。すぐに目を戻す。


「行くなら俺も行く。u印の大男とも決着をつける」


 クロエは現実に戻す口調で、短く切った。


「ダメ。まずは本部。ここ二〜三日の情報をまとめて共有、それから休息」


 そう言ってから、クロエはユウの耳元へ屈み、囁く。


「……リュナにお土産、渡すんでしょ」


「——あ。忘れてた」


 ユウは慌てて鞄を開き、中の小包を確かめた。包み紙は少しよれている。


「大丈夫よ」


 クロエは微笑んで、背を向けた。


 ガルドはブランドの肩を借り、ゆっくりと立ち上がる。


「ひとまず帰る。ここは終いだ。——後は任せる」


 ヴァルハストの双塔での戦いは、いったん幕を下ろした。


 


————


 


〈廃市の影/無人ビル〉


「——もう少しで、世界の夜明け**だ」


 暗がりで一枚の写真を伏せる。

 肩を組む二人。わずかな身長差。

 埃が舞い、窓の外で風が鳴った。


 


 ————



〈AA本部・正門〉


「ただいま——!」


 疲れを越えた声で、一同が帰る。警備隊が走り出て、ガルドを医務室へ運ぶ。


「お疲れ様です! 本当に心配してました——特にクロエ班!」


 マニックとリーシャ、他の面々がわあっと押し寄せる。


「大袈裟だよ。生きてるって」


 クロエはやわらかく笑って肩を叩いた。


 廊下の先。リュナは背中で両手を組み、セラフィムはあくびを噛み殺しながら出迎える。


「おかえり」


 その後ろから、ルーチェが半歩のぞいた。


「……おかえりなさい」


「ただいま」


 ほんの一瞬だけ、本部に平凡な空気が戻る。


 


————




〈管制室〉


「ユウ。報告書。今すぐ書いて」


 セラフィムが書類を山ほど持って現れる。


「それと、先生のところでIDなくしたって? 戻ってきて良かったわね。無くしてたら、無所属に落ちるところだったわよ」


「マジか……」


「マジか、じゃない」


 ユウはペンを走らせ、最後に署名。立ち上がる。


「食堂、行ってくる。腹、減った」


「いってら」


 


————



〈食堂〉


 スープの湯気。パスタの香り。

 リュナが先に座っていた。ユウは向かいに腰を下ろし、小さな包みを差し出す。


「約束してたやつ。——お土産」


 包み紙は少し破れていたが、中のクッキーは無事だった。


「ありがとう。……うれしい」


 リュナはスープに口をつける。ユウの右手の包帯へ視線が落ちた。


「連戦だったって、聞いた」


「なんだかんだ、生きて帰れたよ」


 リュナは小さく笑う。


「よかった」


 静かな湯気が、二人の間を温めた。


 


————



〈総司令室〉


 灯りは落とし気味。

 ガルドは机に肘をつき、掌で目を覆う。


「……これからは、選択を間違えられん」


(間違えれば、今度こそ誰かが死ぬ)


 拳が、机の木目をコツと叩いた。


 

————



〈塔の外——夜〉


 上空を渡る風が、塔の縁で低く鳴る。

 ユウは中庭に出て、空気の匂いを一度吸った。

 胸の奥で、古い名前がかすかに疼く。


 蒼凪 要。

 団長。

 o印。


 会えば、思い出すのか。

 それとも、忘れていた理由に、触れるのか。


——つづく。

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