第10話 人と妖怪

 木に引っかかった化けだぬきのおばあちゃんのたこを取るため、肩車を挑む俺。

 六尺ろくしゃく様と同じように、ハナさんも股を開く。


「ほら、早くしろ」

「わかってるって……」


 下から失礼する。

 スカートが短いから、顔面にもソワソワしてこない。


「いいぜ。上げてくれ」

「オッケー……よっ」


 軽……くはないな。

 普通に同年代の女子ってこれぐらいの重さなんだろうなって感じの重量だ。


 生々しいまでの柔らかさが後頭部や首にやってくる。

 太ももがこれ……とんでもないわ。

 こんなに柔らかいものなのか?

 女の子ってそういうもん?


「おい! フラフラしてんなよ! しっかり頼むぜ」

「ごめんごめん」


 肩車なんて、思えば学生のときの体育の授業以来か?

 そもそもやり方が合っているのかもわからん。

 ただ立っているぶんにはこなせているが、動くとバランスをとるのが難しい気がする。


「あー! 届かねぇ! もうちょい右だ!」

「右? よいしょ……これでいいか?」

「くぅー! もうちょい!!」

「こんな……もんか?」


 思っていた通り難しい。

 バランス崩して落っことしてしまいそうで怖いんだよな……。


 動けば動くほど、首にグニグニと当たってくるし。

 ハナさんがいつも見せてくる黒いパンツがここに……ダメだ、集中しろ。


 そして動きを調整していると――。


「待てっ、やべぇ! バランスがぁっ!!」

「危ない危ない危ないっ!!」


 俺ではなく、ハナさんが大きくバランスを崩す。

 そして俺の頭に抱きついてきた。


「うわぁっ!?」


 また別の柔らかいものが頭の上に乗ってきた。

 違う意味でヤバいって!! 

 六尺様のようなメガトン級ではないが、それでもずっしりとした重さだ。


「わ、わりぃわりぃ……気を取り直してっと。……よし、取れたぜ!!」

「おぉ!」


 色々あったものの、なんとか凧に手が届いたようだ。


 六尺様とおばあちゃんがパチパチと拍手してくれた。


 ハナさんを降ろし、凧を返す。


「おまたせ、おばあちゃん」

「あぁ……ありがとう、ありがとう……」


 おばあちゃんはその凧を大事そうに抱きしめた。

 そういえば思い出の品って言ってたな。


「あの、それってどういう凧?」

「これはね、人の女の子にもらったものなんさ」

「人って……その子、妖怪が見えるってこと?」

「そう。完全には見えてなかったみたいだけどねぇ。声はしっかり聞こえていたみたいで」


 少し前の俺と一緒だ。

 いや、俺は鮮明には聞こえなかったから、それ以上か。


「それが……かれこれ100年前になるのかねぇ。人というのは瞬く間に年を重ねるもんだ。あの子も同じ。子どもの頃から一緒にいて、あっという間におばあちゃんさ。別れのときは来たものの、悲しくはなかったさぁ。大往生だったからねぇ」


 そう言いながらも、おばあちゃんの顔はどこか寂しげだった。


「この凧を見ていると、あの子と遊んでいたときのことを色濃く思い出せるんだよ。よかった……これでまた、楽しめる……」


 妖怪と人間。

 寿命の異なる二つの種族。


 いつか来る別れのとき、か。

 悲しくもあり、ロマンチックでもある。

 でも俺はどうしてか、離別というものに憧れることはできなかった。


「ありがとね、ぼうやたち。おかげで助かったよ」

「いえいえ」

「どう……いたしまして」

「お安い御用だっ!」


 おばあちゃんは凧を抱いたまま深々と頭を下げると、巾着袋を取り出した。

 そしてそこから、金色の何かを手に取ったのだ。


「さて、これが依頼料だよ。人間にとって価値のあるものかわからないけど、受け取っておくれ」

「これって……」


 河童のおばあちゃんにもらったきんの包み紙のチョコ……ではない!?


 正真正銘の……金ッ!?


 その事実に驚いていると、優しい声がかかる。


「いつまでも、仲良くね」

「あのっ――」


 顔を上げたとき、おばあちゃんはもういなくなっていた。

 まるで、凧を飛ばした突風にさらわれたかのように。


「お礼……言えなかったな」

「それが……おばあちゃんからのお礼……だから。大丈夫……」

「オレもそう思うぜ。ありがたくもらっとけ」

「……そうだな」


 手のひらには、通常であれば乗っているのかも気づかないような軽い金。

 しかし、その重みはしっかりと俺に伝わったのだった。


 この金、どこかもったいない気がして使うのをやめようかとも思った。

 しかし、あのおばあちゃんは使うためにくれたはずだ。

 ここはありがたく換金させてもらおう。


 金の買取業者に見てもらったところ、10万円の価値がついた。

 なかなかにリアルで、なおかつ嬉しい値段だ。


 そして俺たちはスーパーへ寄り、家に帰ってきた。

 買ってきた食材で作ったのは――。


「よし……二人とも今日もお疲れさま! ということで、焼肉パーティーだ!」

「お肉……お肉……焼き肉~……フフッ」

「よっしゃ! 食ってやるぜ~!!」


 一番初めに使ったのは、うまい肉を買うことだった。

 これがもっともわかりやすく、ご褒美って感じがするだろ?


 ご飯と肉をたくさん、野菜は少なめだ。

 こういうワガママな配分が最高なんだ!


「あむっ! んむんむ、うまいなぁ!」

「おいひぃ……もぐもぐ」

「うんめぇなぁ! 口の中で肉が溶けやがるぜっ!」


 かなり高い肉を買ったこともあって、二人ともご満悦だ。

 日頃は貧乏生活を送らせてしまっているからな。

 今日ぐらいは贅沢をしてほしい。


 彼女らの喜んでいる顔を見ていると、俺まで顔が緩んでくる。


 今まではらい屋を一人でしてきたけど、ここまでの達成感をおぼえたこともなかった。

 まさか妖怪と一緒に仕事をするなんて夢にも思わなかったな。

 人生、何があるかわからないもんだ。


 願わくば、この瞬間がずっと続いてほしい。

 それが俺の贅沢な願望だ。


 そう思っていると、背筋をゾーっと冷たいものが吹き抜ける。


「ん? 今のなんだ……」

「あ? 蓮斗、どうしたよ?」

「いや、今なんか寒気がしてさ。窓開いてないよな……?」

「オレは全然わからなかったわ。六尺は?」

「ごめん……お肉のことだけ……考えてた」

「ははっ。まぁ、気のせいだろ。よし、モリモリ食べるぞー!」


 風邪の引き始めとかかもしれない。

 なら、肉を食って吹き飛ばさないとな。


 この一瞬の喜びを噛み締めながら、俺はメシをかっ喰らったのだった。


 ————————————————————————————

【あとがき】

三人の仲は深まっていく……!

次回、そんな彼らを厄介な時間が待ち受ける!?

モチベーションのため、星をよろしくお願いします

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