合わせ鏡の館

平中なごん

一 鏡のカラクリ

 二人の子供もだいぶ大きくなり、マンション暮らしでは手狭になったため、思い切って念願の一軒家を購入することにした。


 とはいえ、土地を探して自分で建てるのはもちろんのこと、ローンを組んでも新築を買うのはなかなか経済的に厳しい……ということで、不動産屋を巡って方々探していると、山の手の一等地なのに破格の物件を一つ見つけた。


 常識外れなこの値段、山の手でも不便な立地だとか、写真以上にじつはものすごくオンボロだとか、なにかしら問題があるのではないかとあまり期待せずに内見に行ってみたのだが、私のその予想は良い意味で大きく裏切られた。


 坂の上ではあるものの駅や商店街へもさほど遠くないし、建物は築50年以上と確かに古くはあるが、白壁の美しいハーフチェンバー様式のモダンな洋館であり、文化財指定されてもおかしくないような逸品だ。


 これでなぜ破格の値段なのか? もしかしたら心理的瑕疵かしのある──いわゆる〝事故物件〟というやつなのかもしれないが、私はそうしたものを気にする性質たちではない。


 また、中に入って各部屋を廻ってみた感じも悪いものではなかったし、むしろ暖かく、ノスタルジーを感じさせる雰囲気だ。


 地下と屋根裏の倉庫付き二階建てで英国風の庭もあり、一緒に行った妻や子供達も大満足だ。


「よし! この家を買おう!」


 私は一も二もなくすぐさま購入を即決した。もちろん、しがないサラリーマンとしては破格の値段であってもローン十ん年払いではあるが……。


それから時を置かずして、家族四人そこへ引っ越すと暮らし始めたが、そこでの生活は予想通りに最高だった。


 小6の娘と小4の息子も広い庭で思いっきり遊べるし、広いキッチンに妻の機嫌も良い。瀟洒なダイニングで食べる庶民的な食事もなんだか高級料理みたいに誤認してしまう。


 ほんとに、なんと良い買い物をしたのだろうか! 別に心霊現象のようなものも今のところ起きていないし、ほんとになぜこんな安値で売られていたのがわからない。


 ただ一つ、あえて気になることがあるとすれば、この館の中には異様に〝鏡〟が多いということだろうか?


 玄関の脇にも、階段の踊り場にも、一階、二階の廊下の端にも、いたる所に鏡が設置されているのだ。


 しかも置いてあるわけではなく、壁に嵌め込まれているので動かすこともできない。経年劣化状況からすると、どうやらこの館が建てられた当初からそうなっているものらしい。


 最初は洋館なんで、まあ、そんなものなのかなあ…と気にもしていなかったが、だんだんと日が経つにつれ、それにしては多すぎやしないか? とそこはかとない疑問が芽生えてくる。


 これは、この館を建てた最初の持ち主が、何か意図を持ってこれだけの鏡を配置したのではないか? そうでなければ、家の中にこんなたくさんの鏡はいらないだろう。


 でも、だとしたら、なんでわざわざこんな造りにしたんだ?


 頭の隅にそんな考えを持ちながら暮らしていると、さらに私はスゴイことに気づいた。


 それは、家族会議で私が勝ち取り、もと書斎だったと思わしき二階の部屋の模様替えをしていた時のことだ。


 ふと見ると、大きな備え付けの本棚があるその部屋の窓辺の壁には、何か額縁でもかけてあったと思しき四角い日焼け跡がある。


 普通ならば額に入れた絵画を飾っていたというところだろうが、その縦長の長方形をした痕跡を見て私はピン! ときた。


 これは、ここにももともと鏡があったのではないだろうか? 前の持ち主か、それよりもっと前の持ち主か知らないが、それをある段階で誰かが外したのでは……。


 そこに思い至った私は、家にあった鏡を一枚持ってきて、その跡の上にかけてみた。そうすれば何かがわかるかもしれないと考えたのだ。


 百均で買ったもので大きさもぜんぜん違うが、今はこれしかないので仕方がない……。


「まあ、こんなところか……ん?」


 それでもフックネジを壁に刺し、鏡をかけて覗いてみたところ、自分の鏡像の背後に映るものに私は目を止める。


 その鏡は、〝合わせ鏡〟になっていたのだ。


 家具を動かすので埃が立つし、ドアは開けっ放しにしたまま作業していたのであるが、すると、この部屋の真ん前の廊下の壁にかかっていた鏡と、私のかけた窓辺の鏡が合わせ鏡になったのである。


「ほお……偶然か? いや、それにしてはできすぎているような……え? これって……」


 ……いや、それだけじゃない。これは何か意図的なものがあるのではないかと、あれこれ覗き込む角度を変えてみれば、さらにおもしろいものが目に映る。


 ある一点の角度から覗き込むと、その鏡の中には玄関の景色が現れたのである。


「そうか。そういうことか……」


 一瞬、驚いた後、私はその不可思議な現象のカラクリを悟った。


 この館にあるすべての鏡は一見、壁に対してぴったり水平に貼られているように見せかけて、じつは微妙な角度がそれぞれにつけられており、決められたある角度から覗いた際にはとなり合う各々が合わせ鏡になるのである。そして、玄関から続くその合わせ鏡の連続で、この書斎にいながらも鏡を通して、玄関の様子をうかがい知ることができるのだ。


 いや、玄関だけではない。同じその〝合わせ鏡〟の原理によって、覗く角度を変えることで一階の廊下から階段、さらに二階の廊下と、この書斎に続く各所も鏡を通して見ることができる。


 ……そう。ミステリ小説で出てくるような、あの鏡を使った仕掛けである。


 私はこの大発見に大人げもなくワクワクした。こんなトリックが実際にある家なんて、なんとも遊び心をくすぐられるではないか!


 だが、なんでこんなものを最初の持ち主は造ったのだろうか?


 防犯のためならカメラを設置した方がはるかに簡単に思えるのだが……いや、建てられたのは50年以上も前だし、そんなものなかった時代の話か……。


 かなり用心深い人物だったのか? それとも何か他に事情でもあったのかは知らないが、とにかくこの家を建てた最初の主は、密かにこの書斎から館内を見張れるようにしていたらしい。


 無論、こんな大発見、自分一人の胸にしまっておけるはずもない。私はどこぞの名探偵よろしく、それを家族達にも自慢げに教えてやった。


 すると、妻もこのカラクリに目を輝かせ、子供達も大はしゃぎだ。


 それからというもの、今度はちゃんとした鏡を買ってきて取り替えると、私も含めて家族達は皆、事あるごとに書斎へ来てはこの鏡を覗いて楽しんだ。

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