第7話 護衛騎士に就任する話
模擬試合の微妙な雰囲気から逃げ出して観客席のリアンノン王女のもとにゆくと王女は満面の笑みで迎えてくれた。
「正騎士に勝利するとはよくやりました。さすがは私の護衛騎士です。」
もう姫様の認識では僕は護衛騎士になっているようである。
ベルナルドさんも「姫の護衛騎士の変更は既に国王陛下に申請しているから。」と笑顔が眩しい。
姫君は自分の横の席をポンポンと叩いた。
ベルナルドさんが姫様の横にお座りなさい。大丈夫ですよ。」と笑顔のまま圧をかけてくる。
仕方なく僕は姫君の隣に座った。
姫様は「少し疲れたわ。」と言いながら僕の腕を取って頭を僕の肩にもたせかけてきた。
僕は彫像のように不動の姿勢を維持するしかない。
姫様はもう片方の手で僕の肩だけでなく背中や胸などあちこちを触っていた。
「いい筋肉だわ。」
姫様のひとりごとは聞かなかったことにして、姫様に掴まれている腕に押しつけられる姫様の体の感触や触られている手の感触も全て無かったことにして、僕は心の中で「平常心、平常心」と唱え続けたのであった。
幸か不幸かその後は僕は模擬戦に呼ばれることはなく、姫様に存分に触られ続けたのである。
僕は模擬戦の方に意識を向ける余裕なんて全く無かったが、それでももう模擬戦も終わりなっていたのだろう。姫様は突然立ち上がるとぐっと僕の方に顔を近づけてきた。
「いいこと?父上から護衛騎士のお許しが出たら父上に謁見しなきゃならないからね。その時には王宮においでなさい。」
僕は彫像のように硬直したままそれを聞いているしかなかった。
姫様は上機嫌で去って行き、その後ろに続いたベルナルドさんはスッと僕の方を見るとニカッと笑ってサムズアップしてから去っていったのである。
僕はその後もむしろ疲れ果てていたので観客席に座っていた。模擬戦終了の笛が鳴ったのでやむを得ず体を起こしてトボトボと修練場に歩いて行った。
下ではグレンさんがやっぱりニヤニヤ笑いで出迎えてくれた。
「おう、坊主。今日はよく頑張った。もう上がっていいぞ。」
僕は返事する元気もなかったので一礼しただけで宿舎の方に戻ることにした。
宿舎に戻った僕は着替える元気もなくそのままベッドに倒れ込んだ。
エフィーは能天気に「ウフフ、今日は王女様とラブラブだったね。」と言って僕のほっぺを突いてきた。
「肉食獣に精神的にかじられた気分しかしないんだけど。」
僕がもうげっそりした気分で言ったのである。
「もう。レーシュはお子ちゃまなんだから。姫君も苦労しそう。」
エフィーは手を顎に当てて訳知り顔で言ったのである。
その日はあまりに疲れていて夕食を取る元気もなくそのまま眠ってしまった。
翌朝、起きて朝練を始めると、カイが来てやっぱり爽やかにおはようと挨拶して一緒に練習してくれた。彼は昨日の王女様の件には一切触れないでいてくれたので僕としては大いに助かったのである。
朝食後に騎士団の練習が始まると、グレンさんがやってきて僕を正騎士のグループに入れた。
さすがに僕が驚いていると前日に模擬試合をした相手のリアムさんがきた。
「レビン君、俺の渾身の打撃をかわし切ったのだから君は十分に正騎士並みの実力があるんだよ。気にすることはない。」
僕はカクカク頷くことしかできない。
「じゃあ今後もよろしく。」
リアムさんは僕を正騎士のグループに連れてきてくれるとにっこり笑ってくれた。
僕がリアムさんに笑顔を返していると、後ろから数人の正騎士達がきた。
「さあレビン君、修練しようか。」
正騎士達との修練はかなり厳しいものだったが、クローヴィスさんとの稽古を考えるとまだまだ緩やかなものだった。正騎士達も僕には手加減してくれているということだろう。
リアンノン姫が来ることもなかったので僕の精神は削られることもなく順調とも言えた。
♢♢♢
「で、どうだった?」
「打ち込み、防御、立ち回りとも全て正騎士の標準をクリアしていますね。あの年齢を考えると驚異的ですよ。」
「何らかのギフトがある?」
「あのレベルに至るには剣聖とか勇者レベルでしょうね。彼はギフトなしって言っていますが。」
「ああ。神殿の正式報告でも彼はギフトなしになっている。」
「じゃあどこかで極限まで鍛えられたとかですかね。とにかく常識レベルではないです。」
「それならば彼をリアンノン姫の護衛騎士に推挙することに反対するものはいないか。」
「いないですね。」
「じゃあそう報告するよ。レビン君には不本意かもしれないが。」
「ははは。彼にはベルナルドの代わりに頑張ってもらいましょう。」
♢♢♢
数日後、僕は朝食後にグレン副団長に呼び出された。
「お呼びですか?」
「ああ、レビン君、今日は王宮に行って欲しい。」
「どういう用件なのでしょう。」
「ほら、リアンノン姫が言っていたでしょう?」
「護衛騎士ですか?」
「君に拒否する権利なんてないからね。服装は騎士服でいいから。新品を出そう。くれぐれも粗相のないように。じゃあ頑張ってね。」
1時間ほど後、僕は文官の人とベルナルドさんの三人で王宮に向かう馬車に乗っていた。
ベルナルドさんによると僕は侯爵家を勘当されているので母方のカスティーヤ家を名乗ることになるらしい。ただしカスティーヤ伯爵家は後継がいるので今はほぼ廃絶扱いのカスティーヤ公爵家を名乗って欲しいという。
(やはり女神の思し召し通りか)
僕は遠い目をしながらそれについて承諾した。
現実的な落とし所としては王室もカスティーヤ伯爵家も納得の案である。僕にしても女神が言うには祖父が今は精霊界で遊んでいるというカスティーヤ公爵なのだから公爵本人には会ったことがないとはいえ、それは正しい称号と言ってもいいのである。
謁見室ではとにかく跪いていればよくて何も言うなということだった。
馬車は王宮に到着し、二人に案内されて謁見室に入った。
ベルナルドさんは「健闘を祈る。」とだけ言って壁側の群臣達に混じってしまった。
ややあって、国王陛下の御成!と言う声があり、奥から国王陛下が来る様子だった。
僕は素早く跪いて面を伏せた。
「その方、レーシュ・カスティーヤ公爵令息か?」
国王らしき人の誰何があったので「はっ!」と答えた。
国王陛下の「面をあげよ。」と言う声に従って顔を上げると柔和な顔の男性、多分国王陛下であろう、と黒髪のリアンノン姫、それと同年代の金髪美人と言ってよい姫君、まだ4〜5歳の小さな王子がいた。リアンノン姫と目が合うと何故だかさっと視線を下げてしまう。何がしたいのかわからない。
ちょっと戸惑いながら前を向いていると、国王陛下が話し出した。
「今回、リアンノン姫の護衛騎士ベルナルドから護衛騎士の交代の申し出があった。」
ベルナルドが壁際から進み出て王に拝礼する。
「卿の申し出によると姫の乗った馬車が賊に襲われた時、公爵令息が速やかに助けに入り、賊を平らげたという。また、騎士団からは令息が若年の身でありながら模擬試合で正騎士を破り、その実力は間違いないと言ってきておる。よってカスティーヤ公爵令息の護衛騎士就任を認めることとする。」
リアンノン姫は表情は変えなかったが頬はバラ色に変わっていた。
「リアンノン姫からは婚約の申し出もあったがそれは時期尚早じゃ。まずはしっかり働け。手柄を立てよ。リアンノンだけでなくクレアもシャール王子も守ってこそ護衛騎士じゃぞ。」
「はっ!」
僕がそう言って再び面を伏せると国王陛下は満足そうな声で「公爵令息は余の家臣。リアンノン姫の護衛騎士として任ずる。」と言い僕の肩に剣を擬して立つように言い、今後は姫の護衛任務につくように言って謁見室から退出された。
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