花嫁とマフィア編
マフィアだってよ、えっちゃん
「ここでいいのか?」
「うん。大丈夫、ありがとね」
たどり着いたのは、トークスという海沿いにある街。
海賊船から降りた俺とえっちゃんは、アリシアに頭を下げた。
アンナは一人、頬を膨らませる。
「ここでお別れなんて嫌! えっちゃんも海賊になればいいのよ!」
「アンナ、我儘言うんじゃないよ。あたしらは次のお宝を目指さなきゃいけない。エミリッタは花を見つけなきゃいけない。今までは道が同じだったとしても、目的地が違うんだよ」
アリシアに叱られ、アンナはえっちゃんに涙目を見せる。
「えっちゃん! 次会った時は、もっと色々な事して遊ぼうね。絶対、絶対よ!」
まだ納得していなさそうなアンナは、アリシアに首根っこを掴まれて。船はそのまま出向した。
アンナの「えっちゃぁああああああああああああああん!」という悲しい叫びが、どんどん小さくなっていく。
少し可哀そうだけど、まぁそれが恋人と友達の違いだよね。仕方ないよね。俺は恋人だからえっちゃんと一緒にいられるけどね!
「さて、えっちゃん……それじゃあ行こっかぁ」
俺はえっちゃんの手を握る。俺達はもう、思い伝わった恋仲だ。手を繋ぐのも怖くない。手汗大丈夫かなとか、少し心配はしちゃうけど。嫌がられてはないと思う!
えっちゃんも少し恥ずかしそうにしていたけど、手を握り返してくれた。嬉しい。
つい笑顔になりながら、俺はこの街に来た目的を話す。
「この街には竜の暮らす城があるって伝説があるらしい。嘘か本当か分からないけど、見る価値はあるよね」
えっちゃんはこくりと頷く。いやぁ、本当に可愛いね! どうしよう、嬉しすぎて浮かれちゃう!
海沿いにある建物では、浜辺で食べられそうな肉の串焼きや甘いジュースなどが売られていた。
店の前では若者たちが楽器を演奏し、子供でもすぐ覚えられそうな簡単な歌をうたっていた。楽しいリズムに、人々は自然と体を揺らす。
えっちゃんの体も少し左右に揺れていた。可愛い、けど。
それだけでは収まらず、えっちゃんは口を開いていた。思わず、だったんだろう。何も発する事はない。
歌えないんだった、そう思い出して悲しくなっているのが表情で分かった。
何か気を紛らわせてあげられそうな場所ないかな……あ、あれなら。
少し離れた場所に、甘い香りを漂わせる店を見つけた。
「えっちゃん、あれうまそうだぜ!」
これ以上彼女が傷つかないように。ひとまずは、この場から離れさせないと。
意地汚いふりをして、俺は無理やり彼女を引っ張ろうとした。
しかし、えっちゃんはその場にしゃがみ込んで動かない。
……歌えないのは悲しいけど、聞きたい気持ちもあるんだな。
えっちゃんがそうしたいなら、無理やり離れさせる訳にもいかないし。
俺も隣に座って、その演奏を聴く。けど、これだけじゃ物足りないのも事実だろう。
「歌えるようになったら、また来ようね」
えっちゃんは静かに頷いた。
***
「お待たせしました、パンケーキです」
歌を聞き終えた後、俺達はさっきの甘い香りがしていた店に入った。
目の前に運ばれて来た料理は、見るからに柔らかそうだった。
薄い茶色をした生地の上に、とろけたバターがのっている。
「甘くてうまいけど、すぐなくなった」
柔らかいパンケーキは、たいして噛まずに飲み込む事が出来て。俺は五秒で食べ終えてしまった。ちょっと物足りない。
一方えっちゃんは、フォークとナイフを起用に使い、一口サイズに切り分けてちまちまと食べ進める。
「えっちゃん、おいし?」
えっちゃんはパンケーキを見つめながら頷いた。俺の方は見てくれなかったけど、ちっとも悲しくない。むしろニコニコしちゃう。
おいしそうに食べる彼女の姿は、見ているだけで幸せだった。
そう、彼女、えっちゃんが彼女!
その事実だけでお腹もいっぱいになってくるし、心も満たされていた。
バンっ。
勢いよく扉の開く音がする。知ったこっちゃない。
「どーもぉ! デリバリーマフィアでぇーす!」
そう言いながら店に入って来た男の声がする。相手の顔を見る気はない。その時間でえっちゃんを見ていたい。
何かが飛んできた音がする。机の上にあったお盆を持って、跳ね返した。
お盆に何かが当たった感触があったけど、どうでもいい。
ふわふわぱんけぇきを食べるえっちゃん超可愛い。
床に何かが当たり、壁に何かが当たり、天井に何かが当たった音がした。
そして何故か――えっちゃんのパンケーキにナイフがぶっ刺さった。
パンケーキがダメになり、悲しそうな顔をするえっちゃん。
どうして天井からナイフが……あぁそうか、さっき店に入って来た男のせいか。
俺は振り返って、男を睨みつけた。
「えっちゃん泣かせやがったな……?」
「どう考えてもお前のせいじゃねー?!」
俺のせいって何だ。まさか俺がお盆で跳ね返したのがナイフだったとでも言うのか。
それでも元をたどれば、一番最初にナイフを投げた奴が悪いだろ。
「そんな事はない。っていうか誰だお前」
席を立った俺は、ナイフを投げて来た男に目を向けた。
サングラスをかけた茶髪の男は、夏だというのに黒いロングコートを着ていた。それでも一切暑そうにはしておらず、ニヤニヤと俺達を見つめている。
「デリバリーマフィア、ロン・バジリスタ。どうぞよろしく、死ぬまでね」
「マフィア……!?」
マフィアって、非道な行いをする組織の事だよな。実際ナイフを投げつけられたし、どこか血の匂いもする。けど。
目の前にいるマフィアは、俺達と同じくらいの年齢に見えた。こんなにも若い彼が、非道な行いをしてるのか……?
「うーん。やっぱり、殺さない方が良いのかなぁ」
「何言ってんだよ、何なんだお前」
「言ったでしょ。デリバリーマフィアです。ただね、ちょっと困ってるのよ」
「何をどう困れば攻撃してくるんだよ」
「いやね、困ってるというよりは迷ってる、かな。殺せって言ってる連中に死体を引き渡すのと、生け捕りにして奴隷にしたいって奴らに引き渡すの。どっちがいいかなーって」
サングラス越しに向けられた冷たい視線に、思わず寒気を感じた。
本当にマフィアなのだろうか。視線だけで、そう思ってしまった。
「やっぱ片方ずつが一番穏便かな。ここはレディファーストといこうか。女の方、身売りに出されるのと殺されるの、どっちがいい?」
「どっちもダメに決まってるだろ」
俺はパンケーキに刺さったナイフを、マフィアのロンに投げ返した。
ナイフを飛ばしたのにも関わらず、ロンは一切恐れていない。そのままパシッと、持ち手の部分を掴んだ。
油断ならない奴だ。
俺はえっちゃんを庇うようにして立つ。せっかく恋仲になれたというのに、引き離される訳にはいかない。
えっちゃんも怖いのか、すぐに俺の背中に隠れた。
ロンはため息を吐いて、近くにあった椅子に座る。そしてそのまま、先ほど掴んだナイフを舐めた。
「そっかー。あ、これおいしいねー」
パンケーキの味がついているのかもしれないが、見た目は十分トリッキーだ。
警戒を解いたらダメなやつだな。
「俺達を殺したがってる奴らがいるのは知ってる。けど、お前はそうじゃないんだろ? 売るのはともかく、何の恨みがあって殺そうとしてるんだよ」
「別に恨みはない。脅威を全て排除しないと気が済まない人間が、排除したいだけらしい。おれらは命令だから動いてるだけ。お前らだって、友達、恋人、家族から頼まれごとをしたら引き受けるもんだろ? それと一緒だよ」
ロンはそう言いながら、コートの胸ポケットを探る。
「これなーんだ」
見せられたのは、黒い星型の石だった。
俺は目を丸くする。多分、えっちゃんもだ。
その石はただの石ではなく――龍竜族が変身するための石だった。
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