俺もだよ、えっちゃん

 えっちゃんは船を降りて、俺の前に立つ。

 俺の事を心配してくれているみたいだ。

 

「えっちゃんをいじめた奴はもういないから、安心して」


 えっちゃんはコクリと頷く。下がり眉になっていたのは、グラスを心配してなのかな。

 俺はグラスに目を向ける。

 

『すまない。約束は守れなかった』


 傷だらけのグラスは弱弱しい声を出した。大きいはずの体が、とても小さく見える。

 こんな体になってまで、花をくれる約束を守れなかったと悔いているなんて。優しいドラゴンだな。


「この状況じゃあ仕方ないって。悪いのはグラスじゃないよ。俺らは他の花を探しに行くだけだ。グラスはさ、この後どこか行くアテあるの? 特にないなら、えっちゃんのばーちゃんの所に行ってくれるとありがたいんだけど」


 やっぱり、ばーちゃん一人なのは不安だからな。皆がいるとは言っていたけど、実体のある者が近くにいてくれた方がこっちも安心できる。


 グラスは起き上がると、大きな翼を広げた。ボロボロの体ではあるが、動かす事は出来るらしい。


『そうだな。あまり遠くに行く程の体力はない、しばらくは彼女の所で厄介になるかな』

「多分その方がばーちゃんも喜ぶ」


 えっちゃんも頷いていた。

 グラスは優しい目で、えっちゃんの顔を見つめる。


『エミリッタ、これでよければ受け取ってくれ』


 グラスが右腕を少しだけ動かすと、その下から白い花びらが現れた。


「えっちゃん、これケノアの花のじゃない!?」

『足元で包んでおいた。落ちたものに変わりはないが、踏まれてはいない。それに花びら一枚だ、完治させる事は難しいだろう。それでも一言くらいなら話せるかもしれない』


 一言でも良い、また喋れたって喜びを味わってほしい。


 えっちゃんは優しく微笑んで、口をパクパクと動かしている。ありがとうって言ってるみたいだ。


 グラスも返事をするように優しく微笑むと、翼を大きく羽ばたかせて里のある方角へと飛んで行った。

 俺はえっちゃんの手に乗っている、花びらを見つめた。


「良かったね、えっちゃん。まずは第一歩だ」


 えっちゃんの頬が、赤くなっている。また喋れるかもしれないって、興奮してるのかな。


 えっちゃんは花びらを口に入れて、噛まずに飲み込んだみたいだった。見ている分には、何も変わらない。


「どう? 何か変わった? 何か喋って……っていうのも、悩んじゃうかな。えっちゃん歌うまいし、試しに歌ってみれば? うまくすればワンフレーズくらいは歌えるんじゃない?」


 久々にえっちゃんの声が、歌が聞けるかもしれない。そう思うと、なんだかドキドキしてきたな。


 えっちゃんが歌ってくれたら、盛大に褒めてあげよう。久々に声を出す訳だし、もしかしたらうまく歌えないかもしれないけど。下手でもなんでも褒めちぎって、希望を持たせてあげるんだ。


 もう、悲しい思い出は増やさないように。


 俺はえっちゃんが歌うのを、期待して待っていた。 

 しかし。


 えっちゃんは、何故か俺に抱きついてきた。


「え、えっちゃん?」


 顔を上げたえっちゃんは少し照れながら。俺に顔を向けて、小さな口を開いた。



「ありがとデュークス、大好き」



 脳がとろけるような甘い声が、胸に刺さった。

  

 えっちゃんが……俺の事を大好きって……えぇ!?


 カーッと、顔全体が熱くなった。


「あっ、えっ、うん、お、お、れもっ!」


 動揺して変な返事になっちゃった。

 しかし、その返事を聞いたえっちゃんは嬉しそうにしている。

 なら……このままでいい、のか?


 俺もぎこちない手で、彼女を抱きしめ返す。

 これは、えっと、相思相愛ってことでいいんでしょうか……? いいよね……!?


 やったあああああああああああああああああああああ!!


「ほらお嬢、邪魔すると竜に蹴られて死ぬよー」

「邪魔なんてしないわよ、ただえっちゃんの親友はアンナだって言いたいのっ。離しなさい!」


 ハンスとアンナの声が聞こえて来たけど、今はちょっと放っておいてほしい。


            ***


 海の上に、沈みかけた太陽が映る。海賊の船は俺とえっちゃんを乗せたまま、次の国に向かっていた。


「それで、結局一言喋って終わりって訳?」

「あぁ。えっちゃんは歌より俺を選んでくれたってわけだ」

「どうかしてるわ」


 アンナはため息を吐いた。俺とえっちゃんの関係について、納得してないのかもしれない。

 俺はえっちゃんに顔を向ける。


「でもえっちゃん、喋れなくて良い訳じゃないんだろ?」


 えっちゃんは大きく頷いていた。喋るのは勿論だけど、歌うのも諦めてないと思うんだよな。


 海賊から世界地図を借りて、顔の前で広げた。書かれた文字は読めなけど、地形はなんとなく分かる。


「でもこれからが大変だ。今度は目撃情報とか一切ないからね。とりあえず次の国まで乗せて。槍で出来た痣が痛くて飛べない」


 アンナは不貞腐れた顔をしながら答えた。


「乗せるのはママも構わないって言ってたし別に良いけど、何であんな槍を食らっといて痣で済むのかしら」

「何でって言われても、そういう体の構造だからとしか」

「分かんないわぁ」


 アンナは眉間にシワを寄せて、腕を組んだ。

 俺はえっちゃんの手を握る。少し照れるけど、まぁ、これからつがいになる訳ですし。俺も慣れて行かないとね!


「とにかく、絶対にえっちゃんの声を取り戻そう。それと、えっちゃんがいいなら、その、子を、いや、恋人同士でする事全部やろう!」


 流石に俺の子を産んでくれとはまだ言えなかった。


「そうだよヒンさん。いかがわしい事をした時、声を聞ける方が楽しいよ」


 ハンスめ、カップルの甘い雰囲気を壊すような事をするなよな。


「やめろ、清純派なえっちゃんにそんな事言うな!」

「聞けなくて良いのか?」

「それは……」


 怒りはしたものの、いかがわしいえっちゃんを想像してしまい少し照れる。

 聞きたいか聞きたくないかで言ったら、それは、うん。

 えっちゃんも照れているので、これ以上は言わないようにしよう。


「ちょっとハンス! えっちゃんに変な事教えないで!」


 アンナの意見には大賛成だが、一緒になってハンスを殴る気はない。

 俺はえっちゃんの肩を掴み。そっと船の淵へ逃げる。


「とにかく、まだまだ旅は続けないと。探して探して、見つけるんだ。花を、えっちゃんの声を。きっとみんなも、それを望んでくれるから」


 えっちゃんはにっこり笑って、大きく頷いた。波に乗った船は、次の国を目指して進み続ける。

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