決意と傷跡
「何でだよ、俺達が何したって言うんだよ」
「何もしてない。ただ生きてただけだ」
ばーちゃんは俺から手を離すと、そっと背を向けた。
俺は歯を食いしばり、両手を強く握りしめた。
「そうだよな。なのにアイツら、アイツらっ……」
「怒ったって仕方がない。今は生きてる者を探す方が先だ。デュークス、エミリッタ達の事はお前に任せたよ」
「任せるって、ばーちゃんは」
「嫌な気配がするんだ」
ばーちゃんは俺に背を向けたままそう言った。周りに人の姿は見えない。けど、俺も視線を感じ取った。
「奴らか?」
「そうだろうね。お前の石を諦めて帰ったんじゃない、きっと仲間を連れに戻っただけだ。ワシはコイツらを叩きのめす」
重い空気を肌で感じた。
奴らの事は、絶対に皆殺しにする。
ばーちゃんはまるで、そう言っているみたいだった。
「……分かった」
迷わず返事をした。
俺だってばーちゃんと同じ気持ちだ。家族や友達を殺した奴らを、許せない気持ちでいっぱいだった。
けど、怪我もしている今の俺が、怒り任せに攻撃をしたところで……勝てる自信もなかった。
ここは無傷のばーちゃんに任せて、俺は味方を探し出す方が今後の為だ。
けど……やっぱ悔しい。俺にもっと力があれば……!
俺は再び、首に石を下げる。少し紐が湿っぽかったが、不快に思う暇もなかった。
「エンブ山の洞窟で落ち合おう。何かあったら変身してすぐ逃げるんだよ」
そうしたいところだけど……俺は首を左右に振った。
「それは無理だよ、俺変身出来ないんだって」
「大丈夫だ。お前が変身出来なかった時、雪が降ってたんじゃないかい?」
「あ、あぁ。降ってたよ、すぐ止んだけど」
「きっとその雪も奴らが降らせたものだろう。石があるにも関わらず我らに変身出来なくなった理由があるとすれば、それとしか考えられない。きっともう変身出来るはずだ」
俺は胸元で揺れる三つの石を、まとめて握りしめる。
「分かった。絶対来てよ。俺を一人にすんなよな!」
悔しさは胸の奥にしまい込んで、反対方向に走り出した。
走った。とにかく走った。
足先に石があたって、溶けかかった雪があたった。
けど今は痛がってる時間も寒がっている時間もない。息を切らしながら、ガレキだらけの道を走り続けた。
十五分程真っ直ぐに走ったその先で、足を止めた。
今まで見て来た景色とほぼ変わらない、黒く焼け焦げた建物。
幼馴染が住んでいた家だった。白い壁に青い屋根だったはずだけど、その痕跡はどこにもない。
「えっちゃん、えっちゃーーん!」
可能な限り大きな声を出して、幼馴染の事を呼ぶ。幼馴染にこの声が届くように。ただそれだけを考えて、彼女の事を呼び続ける。
叫んで叫んで、喉に痛みを感じても呼び続けた。だが返事はなかった。
黒く染まった板を手でどかした。必死に探した。
死体を見るまでは信じない。
カタンっ……。
だがとうとう彼の手が止まる。木と木の間に、人の形をした炭を二つ見つけた。一つが一つに覆いかぶさるように重なっている。
「あぁ……あぁっ……!」
大人の大きさあるそれは、きっとえっちゃんの両親だ。
すぐにそう気づいて、思わず大粒の涙を炭の上にこぼす。
自分の父親の姿を見た時でさえギリギリ耐えていたのに。こんなにも不幸が続いてしまっては、キャパオーバーだった。
自分の面倒を見てくれた事もあった二人の笑顔が、脳裏に鮮明に描かれた。その笑顔も、もう目の前で見る事は出来ない。
簡単に止める事の出来ない涙を、両手で拭う。頬の傷に涙が染みた。それでも心の痛みの方が強かった。なんで、何でこんな事に……!
その拭った涙が、炭と炭の間に零れた。
もぞっ、と目の前の炭が動く。その拍子に、炭と炭の下から顔を覗かせる白髪が見えた。
「……えっちゃん!?」
幼馴染と同じ髪色だ。俺は涙を止め、彼女を呼ぶ。
上下に動きはするが顔を出さない所を見ると、うまく動けないのだろう。
「おじさん、おばさん……っごめん!」
少し躊躇いながらも人型の炭をどけて、彼女を両腕を掴み引っ張り上げた。
「えっちゃん、その傷!」
真っ先に飛び込んで来たのは、えっちゃんの首に斜めに入った赤い線。切られたのか、じゃなきゃこんな傷つかない。痛々しい程皮膚が削れている。
パイプに水が詰まったような音を口から出して、涙を流しながら喉元を押さえている。
俺は着ていたシャツを脱いで、えっちゃんの喉に抑えつけた。俺のシャツは、みるみるうちに赤く染まる。
このままじゃ、えっちゃんも死んじゃう。それだけは嫌だ。ばーちゃんの所へ行って、手当をしてもらわないと。
俺は彼女の左手を掴んで、右手でシャツを持たせた。
「行こう。えっちゃんのばーちゃんが待ってる」
えっちゃんは一瞬だけ人型の炭に目を向けて、泣いたまま頷いた。
石を噛んだ俺は、ゆっくりと空を飛んだ。
本当に変身出来た。本当に……悔しい。
洞窟の前へ到着した頃には、綺麗な夕焼け空が広がっていた。
「エミリッタ!」
穴の中から飛び出してきたばーちゃんの顔には、さっきまでなかった血の跡があった。傷つきながらも、ちゃんと仇は取ってくれたらしい。
大きな怪我もしていなさそうだ。あぁ……良かった。
えっちゃんも安心したのか、泣きながらばーちゃんに抱きついている。
「あぁ、怖かったね。痛かったね。もう大丈夫だ、悪い奴らは皆ばーちゃんが倒してきたからね」
えっちゃんは声を出さないまま泣いて、頷く。
正直俺も泣きそうになったけど、今はグッと堪えて。自分が見て来た里の状況を報告した。
「ばーちゃんの言った通り、降ってた雪が原因だったみたいだ。普通に変身出来たよ。それと……俺達以外全員やられちゃったみたいだ。探したけど、誰も見つからなかった」
「そうかい」
ばーちゃんも悲し気な表情をしていた。まぁ、そうだよな。
「エミリッタ、お前も見たのかい? 一体何があったのか」
えっちゃんは首を左右に振る。俺と同じで、よく分からず攻撃されたのかな。
ばーちゃんは足元に置いていた茶色い鞄の口を開けた。中から液体の入った小瓶を取り出し、蓋を開けてえっちゃんに手渡す。
「まずは怪我を治さないとね。飲みな。怪我に効く魔法薬だ、応急処置にしかならないレベルのものだけどね」
えっちゃんは言われた通り、手渡された液体を飲み干していた。良かった、ちゃんと飲めてるみたいだ。
続けて傷口を消毒してもらったえっちゃんは、首に包帯を巻かれていた。
必要のなくなった俺のシャツを、えっちゃんは申し訳なさそうに広げている。気にしなくていいのに。
俺は笑顔を作って、汚れたシャツを受け取った。
「こんなの汚れた内に入らないから」
俺は血まみれのシャツを着る。本当は少し血の匂いが鼻を突いたけど、これ以上えっちゃんを傷つけないために嘘をつく。
ばーちゃんは俺の方にも顔を向けた。
「デュークスも、その傷消毒しよう」
「ん、お願い」
ばーちゃんは俺の傷も手当してくれる。痛みのあまり「うっ!」と小さな叫びを上げてしまった。
「我慢しな。ほら、薬も。即効性はあるやつだから、明日の朝には目も開くようになるよ」
塗り薬を塗られ、仰向けに寝かされる。当然だけど、布団はない。土の上に直接横になる。
ダメだ、眠れない。仕方なく目を閉じて横になっていたけれど、その間も怒りや後悔が頭の中を離れない。
たまに寂しさを思い出して「えっちゃん、いる?」「ばーちゃん、いる?」なんて確認しては、ばーちゃんから「ワシもエミリッタもいるから、寝ろ」と怒られた。
それから一週間の時が過ぎた。俺とえっちゃんは治療に専念して、ばーちゃんが森に行って採ってきた果物や魚を食べて、ほぼ眠っているだけの日々を過ごしていた。
俺は両目が開くようになった。怪我の跡は大きく残ったけど。
ばーちゃんは指の先で、俺の目を広げた。
「あぁ良かった、眼球は傷ついてないみたいだ」
「……うん、ちゃんと見える」
眠れていなさそうな顔をしたえっちゃんとばーちゃんが、目の前に座っている姿もよく見える。
それより。
えっちゃんの方が重症だった。ばーちゃんはえっちゃんの首に新しい包帯を巻きながら、悲しそうな顔をしていた。
「やっぱり、声が出なくなっちまったようだね。無理に喋ろうとするんじゃないよ、余計悪くなる」
「そんな……!」
俺は再び歯を食いしばる。彼女を傷つけた奴は、もうばーちゃんが仇を取ってくれた。だからこそ、俺の怒りをぶつける相手はいない。
「やめな。怒った所でエミリッタは喜ばないよ」
淡々と言われて、腹が立った。
ばーちゃんを睨みつけて、声を荒げた。
「どうせえっちゃんが怒らないから怒ってるんだよ! ばーちゃん悔しくないのかよ、えっちゃんがこんな風になって!」
「……悔しくない訳ないだろうが。息子夫婦が殺されて、可愛い孫娘まで傷物にされて。友達も住む場所もなくなっちまった。本当は石だって取り戻したかったけど、奴らはもう持ってなかったんだ」
ばーちゃんの声も怒っていた。仇を討っても、怒りが消える事はないらしい。
重々しい威圧感を広げられて、若干の恐怖を感じた。けど、ここで引き下がる訳にはいかない。
「だったら怒ればいいだろ! 怒るくらい……許してくれよ……」
「分かってるよ。でもワシらが怒った所で何も変わらない。変わらないんだよ……」
***
皆の埋葬を終え、花を添える。
死体の中には人の原型をとどめてなかったり、体の一部しか見つからなかった人もいた。
悔しかった。何もできなかった事が。
だからこそ、次は守ろうと決めた。
幼馴染を、好きな子を、大好きだった家族の分まで――。
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