旅立ちと海賊編
今度こそ売ろうね、えっちゃん
「おにーさん、アクセサリー買わない? かわいい子が作った、かわいいアクセサリー」
俺が突然声をかけたせいか、旅人は驚いていた。
「何だ君は。アクセサリーなんていらないよ」
「まぁまぁ、そう言わずに。とりあえず見てってよ」
「いらないってば。それにこの森、ドラゴンが出るって有名じゃないか。だから早く抜けたいと思って……もしかして、君のその傷……」
旅人は俺の顔を見つめた。
まぁ無理もない。俺の顔の右側には、大きな傷がついてるからな。額から頬にかけて、線が縦に伸びている。
今では全然痛くないし、俺は全く気にしてないんだけど。
「あぁこれ? ドラゴン相手じゃないから安心して。というか、俺の顔より商品見てよ」
俺の背後から、白髪の少女が顔を出す。
丸い瞳に、幼い顔立ち。長いまつ毛は、まるで雪の結晶のよう。小柄で愛らしい彼女に、旅人も見惚れているようだった。
まぁ、気持ちは分かる。
「君は?」
「幼馴染の、えっちゃんだ」
えっちゃんではなく俺が答えたせいか、旅人は変な顔をしている。えっちゃん喋れないんだから仕方ないだろ。
俺の隣に立ったえっちゃんは、両手で布を持っていた。その上には、手作り感あふれるアクセサリーが三つ並んでいる。
俺はその内の一つを手に取り、旅人の目の前に持ち上げた。
「ほら見て、青い石のネックレス。キラキラ光って綺麗だろ?」
銀色のチェーンの先で、丸く青い石が光っている。そこら辺に落ちている石とは違うと分かったのか、旅人の目も輝いていた。
「これ、本物の宝石か?!」
「まぁねぇ。でもだからと言って高く売りつけたりしないよ。おにーさんにも払えるくらいのお値段で売ってあげる。プレゼントにでもどう? ちなみに、女の子が着けるとこんな感じ」
俺はえっちゃんの首にネックレスをかける。えっちゃんが着ていたのは、裾がふんわりとしたノースリーブのシャツに黒い短パン。シンプルな服装だからか、宝石の美しさが際立った。
旅人は思わず立ち止まっていた。よしよし、コイツはなんとしても売ってやろう。
「……確かに良いなぁ。もう少しよく見せてもらおうか」
旅人はネックレスに手を伸ばす――ように見せかけて、えっちゃんの控えめな胸に触れようとしていた。
……これはダメだ。売っちゃあいけない奴。
「――おっと、おにーさん。俺の幼馴染は非売品だよ?」
俺は旅人の手首を力強く握りしめる。
「いっ! や、やっぱりいらない!」
旅人は俺の手を振り払い、その場から逃げだした。
俺は振り払われた手を頭の後ろで組んで、えっちゃんに目を向けた。
「ちょっとやりすぎちゃったかなぁ。ごめんな、えっちゃん。せっかく良いモン作ったのに。でも明らかにえっちゃんに触ろうとしてたし、今回は仕方なかったという事で許してね。まぁ、今後えっちゃんの首にかけて見せるのはやめておこう」
正直えっちゃんが可愛くて手を出したい気持ちは分からなくもないが、同意もなくえっちゃんを傷つけるような奴は許さない。
えっちゃんは背伸びをして、俺の赤い髪を撫でる。
仕方なかったと慰めてくれているのか、守ってくれてありがとうの気持ちを伝えたかったのか。えっちゃんは、へにゃりと笑っていた。
言葉にされる事はなくても、その気持ちは十分伝わった。正直すごく嬉しい。むしろちょっとドキドキしちゃう。
「ん、次こそ売ればいいよね。頑張って治療費稼いで、また喋れるようになろうね。えっちゃん」
誤魔化しながらも、思っている事を伝えた。
えっちゃんは黙ったまま、静かに頷いた。
俺達は洞窟の前へたどり着いた。ここが今の、俺達の住み家だ。
「ばーちゃーん、えっちゃんのばーちゃーん。帰って来たよー、ただいまー」
洞窟の中から、青い髪をした老婆が現れる。えっちゃんのばーちゃんだ。首には、ひし形をした二つの石が細長い皮紐でネックレス状につけられている。石の色は青と茶。
ちなみに俺も、同じデザインの石がついたものをつけている。ただ俺は赤、青、緑の三つの石。これは俺達にとって手放しちゃいけない、大事なやつ。
「おかえり。そんなに大きな声を出さずとも聞こえてるよ。商品は売れたのかい?」
「売れなかったけど、えっちゃんを守ったので許してほしい」
「……詳しく聞かせな」
俺はえっちゃんが旅人に触られそうになった経緯を話す。思い返してみても腹立つ。
「なるほど、それなら仕方ない」
「だろ? えっちゃんの声を取り戻すために稼いでおいて、えっちゃんが危険な目に合うんじゃ本末転倒だもんな」
そう言うと、ばーちゃんは何故か険しい表情を見せた。
「それはそうだが……ふむ……考えなおした方がいいかねぇ」
「ばーちゃん? どうした?」
「エミリッタもデュークスも、中に入りな。話がある」
話ってなんだろ? えっちゃんも首を傾げている。
俺達は言われるがまま洞窟の中に入っていく。
俺達は地面に敷かれた布の上に座る。ゴワゴワしててあんまり良い座り心地じゃないけど、地べたよりはマシ。
ばーちゃんが険しい表情のまま口を開いた。
「実を言うと、治療費を稼がなくともエミリッタの声を取り戻す方法がある」
「そんな方法あるの? 魔法的な?」
「魔法じゃあないよ。ケノアの花を探すんだ。ケノアの花は、飲めば喉の怪我や病気によく効くと言われている」
「そんな花があるんだ。それで、どこにあるんだ?」
「さぁね」
「さぁねって、まさかあるかどうかも分からない花を探せって?」
それは流石に困るんだけど。
ばーちゃんは首を左右に振った。
「あるにはあるよ。ただヘンピな所にしか咲かない事で有名なんだ。ワシが唯一知ってるのは、グラスという名のドラゴンの背中に生えてた一輪だけだね」
「ドラゴンの背中!?」
「あぁ。と言っても、グラスとはもう二十年以上会ってない。奴は気の向くまま自由に生きてるような奴だからさ、どこにいるのかも分からんよ。そいつを探すよりは、先進国に行ってエミリッタの喉を治してもらった方が早いと思っていたが……正直、本当に治療してもらえるかどうかは怪しい。我ら一族は、普通の人間とは違うからね」
ばーちゃんは昔を懐かしんでいるのか、遠い目をしている。
俺は横目で幼馴染を見つめた。えっちゃんは自分の首に手を添えていた。治せるのなら治したいけど、誰かの負担になるのは嫌だ。そう考えているように見えた。
バカだな、えっちゃん。
俺にはえっちゃんを負担に思う気持ちも、えっちゃんを見捨てるという選択肢もない。治せるなら治してあげたい。だって昔から知ってる幼馴染だもんさ。
ばーちゃんもえっちゃんの気持ちに気づいたのか、えっちゃんの頭を優しく撫でている。
よし、決めた!
「分からないとしても、それが唯一の手掛かりって事は……探しに行くしかねぇよな。よし。行こうぜ、えっちゃん。ばーちゃんも良いだろ。俺も他に行く場所なんてないし、一緒に行ってもさ」
えっちゃんは、ばーちゃんの顔を見た。多分、行ってもいい? という確認。
ばーちゃんは大きく頷いた。良かった、許してくれるみたいだ。
えっちゃんも嬉しそうに頷く。それは俺も嬉しいけど、あんまり喜ばれると……そんなに俺と一緒に行くのが嬉しいのか、とか勘違いしそうになっちゃう。
ばーちゃんは、えっちゃんから手を離す。
「行くなら二人で行ってくれんか、ワシはここに残る」
えっ!?
予想外の答えを聞いて、えっちゃんも驚いている。
「何でだよ、ばーちゃん一人になんて出来ねぇよ!」
「こんな老いぼれ足手まといにしかならんだろう。一人じゃないよ。皆いる。魂だけになったかもしれないけど、皆いるんだ。だから一人じゃないし、むしろ皆を置いてなんていけない」
ばーちゃんは洞窟の外に目を向けた。俺とえっちゃんも、同じ方向を見つめる。
木々に囲まれた平たい地面には、焼け焦げた跡があった。その上には摘まれた花が供えられている。
……まぁ、言ってしまえばそこが皆の墓だった。
「帰って来る場所があるって事は、どこにでも行けるって事だよ」
ばーちゃんは言葉だけではなく、表情も寂し気だった。足手まといというのは建前で、ここに残りたいというのが本音なのかもしれない。
俺は小さく笑って、ばーちゃんの意思を尊重する。
「……分かった。俺、えっちゃん連れて行ってくる。そんでもって、えっちゃんがまた喋ったり歌ったり出来るようになったら帰って来るから」
ばーちゃんも俺に同意してくれたのか、コクコクと頷いた。きっとばーちゃんの気持ちは、えっちゃんの方が理解してるよな。
ばーちゃんも優しい笑みを浮かべて、立ち上がった。
「あぁ。でもまずは旅支度から始めないと。エミリッタ、まずは作った商品をかき集めてきな。旅をするにもお金はかかるからね。それから夕飯の支度を任せたよ」
えっちゃんは頷くと、洞窟の奥深くに入って行った。
この洞窟、けっこう広いからね。えっちゃん、もう小さく見えるところまで行っちゃった。
えっちゃんを見送ったばーちゃんが、俺に顔を向ける。
「さてデュークス、今度はお前にだけ話がある」
「俺にだけ?」
ばーちゃんは何故か真剣な顔つきになった。
……まさか説教か?
何かした記憶はないけど、なんとなく正座。何したっけ俺。何にも思い浮かばないんだけど。
「お前に頼みがあるんだ」
「頼み?」
「あぁ。ワシじゃどうにもならん事だ」
良かったーー! 説教じゃないなら何でもいいわ!
「何だよばーちゃん、改まって。いいよいいよ、なんでもやってやんよぉ」
「エミリッタと、つがいになりな」
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