3.試走
伯浦町は、古条市と銅山市の中間に位置している。
昔は、県下有数の、とまでは、云わないが、漁港として栄えていた。
海へ迫り出すように、樋笠山がある。
山、と云っても、これも、山と云うより、岡だ。
その樋笠山が、町を東西に分けている。
西側の沿岸は、塩入という綺麗な白浜が続いている。
夏場は、海水浴客で賑わっている。
樋笠山の磯には、釣り人が訪れ、年中、途切れる事がない。
その樋笠山を乗り越えるように、県道が一本通っている。
通称、海岸線だ。
乗り越えるように、というのは、海岸線が、樋笠山の海に迫り出した一角の、すぐ近くを通っているからだ。
元々、崖だった所を切り開いて、道を通したのだ。
その県道の工事の時に、工事関係者の駐車や、重機置場として、広げた空地がある。
しかし、その高台の空地は、整地されていない。
元々、整地する計画はなかった。
それで、そのまま放置された。
その付近で、磯に近い駐車場は無い。
だから、その高台の空地が、釣り人の利用する駐車場になっている。
十四、五台は、優に駐車出来る。
海岸線は、銅山市から、古条市を通って、石鎚山市の、東の端まで続いている。
残念だが、海岸線の古条市から、銅山市までには、監視カメラが無い。
理由は分からない。
明光明媚、だからなのかもしれない。
景観を損ねる。等の意見があったのか。
確かに、高台から眺める芸予諸島は、心を和ませる。
と、云って、観光に来ているわけでは無い。
実は…
一昨日、捜査会議があった。
杉岡君、尾崎君の殺人事件は、連続殺人事件として、県警本部に捜査本部が立った。
冒頭、杉岡君の、殺人事件に付いて、報告があった。
事件の概要と、捜査状況の説明があった。
捜査は、現在、遺書にあった女性の存在と、大麻の噂に重点を置いている。
聞込みは、杉岡君の通う高校の同級生と、中学時代の同級生を対象に行なっている。
高校の同級生、三十六名に対する聞込みは、一通り終わっている。
現在は、杉岡君の、中学時代の同級生に、聞込みを掛けている。
聞込みをした学生は、八名になる。
捜査中に、中学時代の同級生の証言があった。
杉岡君と、仲が良かったとのは、同じ塾に通っている学生だと思う。と云う事だ。
杉岡君と中学時代の同級生で、同じ塾に通う学生が、十数人いる。
そこで、その学生を対象に、聞込みを実施している。
しかし、女性、大麻共に、有力な情報は、得られていない。
次に、伯浦の高台に放置されていた、黒塗のスポーツカーに付いて、報告があった。
車内から、尾崎君の遺体が、発見されている。
運転席側の、後部座席のドア付近の地面に、尾崎君の血痕が確認さている。
車のナンバープレートは、外されている。
しかし、、車体番号は、削られていなかった。
それで、車の所有者が判明している。
所有者は、三之洲市に住んでいた。
その車は、一年前に盗難にあっている。
盗難届も、警察に提出されていた。
所有者から事情聴取した。
所有者の証言に付いて、確認も取った。
しかし、今回の事件には、関係ないと思われる。
次に、その車の、移動経路に付いてだ。
古条市の南方から、国道に出たと思われる。
国道の監視カメラに、捉えられていた。
因みに、ナンバープレートは、付いていた。
当然、ナンバープレートから、所有者を特定した。
しかし、該当する車は、これも一年程前に盗難にあっていた。
所有者は、銅山市に住んでいる。
事情聴取も確認も、取れている。
雉内刑事は、どうも、犯人が古条市の東方面で、車両の窃盗を繰り返しているように思った。
車両窃盗の拠点になっているのか、窃盗車を処理するルートが、あるのかもしれない。
捜査報告は続く。
車は、海岸線へ向かう岐路以降、銅山市まで国道の監視カメラに、現れていない。
つまり、海岸線から、伯浦へ向ったものと思われる。
その後の動きを確認しているが、監視カメラに捉えられていない。
伯浦の現場から、犯人の移動手段を考えた。
車以外、考えられない。
だから、伯浦へ、もう一台、車が来ている筈だ。
放置された車の前後に、追跡、または先導する車の有無を確認した。
しかし、該当するような車は無かった。
それと、もう一つ。
石鎚山高専で起こった、構内暴走事件だ。
伯浦に放置された車の、ナンバープレートは、外されている。
高専構内の防犯カメラに、暴走車のナンバープレートが外されているのは、確認出来ている。
両方の事件に結び付く、証拠は無い。
ところが、伯浦に放置された車には、大きな傷があった。
傷は、左側のフロント部分から、助手席側のドアに続き、後部座席の半ばまでだ。
幅広く長く、擦った傷があった。
高専の、防犯カメラに映った暴走車にも、同じような傷が映っていた。
解析すると、傷の形状が一致した。
つまり、同一車両だと判明した。
車の傷を放置していたのは、気になる。
もう、処分するつもりだったのかもしれない。
車から得られる情報量は多いようだ。
この辺りから、停滞した捜査の、突破口になるかもしれない。
次に、尾崎君のスマホを解析した。
その結果に付いて、報告があった。
内容に付いては、塾へ通う同級生とのメッセージのやり取りがあった。
杉岡君や西山君、その他の学生との、やり取りに付いては、尾崎くん本人や、西山君の証言した内容と一致している。
削除したメッセージも無かった。
ところが、尾崎君の、スマホの文書ファイルに、不審な文書があった。
文書の内容は、遺書のようだった。
作成されたのは、行方不明になった翌日だ。
内容は、学業成績に付いての悩みと、家庭環境にに付いての不満だった。
そして、両親に、事情聴取をした内容に付いて報告があった。
しかし、思い当たる事が無い。と云い切ったそうだ。
やはり、犯人の偽装だろうと思われる。
ただ、今回は、余りにも稚拙だ。
杉岡君の遺書については、本人が作成した可能性が高い。
暗に、誰かに、何かを伝えていると、鴇沢課長は考えている。
それなら、杉岡君の遺書は、目的を持って作成されている事になる。
しかし、尾崎君の遺書に付いては、犯人が作成したとしか思えない。
一体、何が目的なのか不明だ。
ただ、その意図として考えられるのは、捜査の撹乱という見方だ。
確かに、文書がある限り、内容の真偽を捜査する。
また、聞込み捜査に時間が割かれる事になる。
だから、時間稼ぎと思われるのだ。
何の時間稼ぎか。
尾崎君と、最後に接触したのは、鴇沢課長と雉内刑事だ。
雉内刑事が、尾崎君から、聞取りを行った。
やっと、杉岡君の遺書にあった交際相手かもしれない、女性が存在する気配を掴んだ。
確認は、まだ、始めていない。
そうなって来ると、大麻に関する噂も、全く、火が無い訳でも無さそうだ。
尾崎君と別れた後の行動について、周辺の防犯カメラを確認した。
古条市内南方の、問屋街へ立ち寄っている。
おそらく、賃金未払のまま、行方を眩ませた会社だろう。
小さな事務所の前で立ち止まった。
暫くして、更に、南方へ向った。
現状、分かっているの、そこまでだ。
引続き、尾崎君の向った先を確認する。
尾崎君の母親は、錯乱状態だった。
父親は、歯を食いしばって、絞り出すように、事情聴取に応じたそうだ。
雉内刑事は、悔やんでいた。
尾崎君の両親の事を思うと、居た堪れない。
尾崎君に聞込みをした、その夜、行方不明になった。
そして、遺体が発見されたのだから。
雉内刑事は、何も気付かなかった自分に、腹を立てた。
どうやら、鴇沢課長は、本部長から大目玉を食らったようだ。
そして、雉内刑事は、鴇沢課長から、休暇を取るように云われた。
事件の捜査は進展しない。
聞込みから、共通した有力な情報も得られない。
焦りはあった。
だから、鴇沢課長に、休暇を拒否した。
しかし、鴇沢課長から、命令だと云われた。
残念だが、昨日から四日間、休暇を取る事になってしまった。
休暇中だから、杉岡君と尾崎君の、同級生からの聞込みは出来ない。
何故か、妻の美沙も休みだった。
美沙は、県警本部捜査三課の刑事だ。
しかも、警部補で、捜査三課の窃盗犯係の班長をしている。
雉内刑事より階級は上だ。
つまり、雉内刑事は、現場の叩き上げで、妻は、そこそこエリートだ。
と、云っても、娘の沙良共々、家庭での階級は無い。
至って平凡な家庭環境だ。
沙良は、十一歳。
小学校六年生だ。
妻の年齢は…
ごめんなさい。
年齢は、明かせない。
これを云ってしまうと、一週間以上、家庭内に不穏な空気が漂うのだ。
さて、美沙の休暇は、鴇沢課長からの依頼だったと云う事だ。
雉内刑事に休暇を取らせても、捜査するのは分かっている。
だから、せめて、一日だけでも心身を休めさせようとの思いらしい。
それで、久しぶりに、家族三人、家に居た。
何処かへ出掛けよう、と美沙が云ったが、沙良が、家に居たいと云った。
三人で、朝、昼、夜の料理を作り、食べて、片付けをした。
料理も極、簡単な、何時もの食事の料理だ。
雉内刑事も、野菜炒めくらいは出来る。
沙良は、野菜を切って、刻んで、イカも輪切りにしている。
皆で、里芋の皮を剥いて、それをまた、沙良が一口大に切っている。
美沙は、煮物の担当だ。
三人で料理を作るのも、楽しいものだと気付いた。
後は、テレビを見て、お喋りして過ごした。
慣れない台所仕事で、何時もとは違う筋肉が、多少疲れている。
しかし、心は充分癒され、満たされた。
鴇沢課長が、何故、雉内刑事に気を掛けているのかは、分からない。
一度、県警本部捜査一課へ、誘われた事がある。
しかし、夫婦揃って、県警本部の刑事と云うのも、どうかと思う。
階級に付いて、妻に対する引け目もある。
だから、正直に、その気持ちを伝え、丁重にお断りした。
休暇、二日目。
車の放置されていた伯浦の高台へやって来た。
捜査で、判明したルートを通って来た。
途中、気を付けていたが、何等、気になる事は無かった。
高台へ着くと、規制線テープが残っている。
放置車両が、停車していた箇所だけだ。
早くも、釣り人の車が、何台か停めてある。
既に、鑑識課が、遺留物を採取している。
だから、手掛かりになるような物は残っていないだろう。
ずっと先の、崖の縁に立ってみた。
崖の縁に立たないと、磯は見えない。
釣り人の居る磯へ降りた。
磯からは、高台に停めてある車が見えない。
停めている車からも、磯は見えない。
何時、釣り人が、車へ戻って来るか分からない。
だから、犯人の仲間が、磯の釣り人を見張っていたのではないか。
放置していた車で、この高台まで来たとすると、そのまま、仲間の車でその場を去れば良い筈だ。
車の周辺に血痕があった。
だから、何かの作業をしていたのだ。
おそらく、尾崎君の遺体を車から移動したのだろう。
尾崎君の遺体を運んで来た車から、別の車へ移動した事になる。
最初から、放置する車へ遺体を乗せて運んで来れば、手間は掛からない。
何故、それが出来なかったが。
雉内刑事は、何の根拠も無く、伯浦へ出向いて来たのだ。
ただ、伯浦に、放置されていた車が、気になっていた。
絶対的に、捜査に繋がる情報量が多い。
捜査対象としては、魅力的に思えたのだ。
何か、気付く事があれば。と思っていた。
しかし、何の収穫も無かった。
実を云うと、ある程度、期待していた。
反面、ある程度、覚悟もしていた。
だから、落胆はしなかった。
明日、回ってみようと思っている所の。段取りを考えていた。
まず、午前中に、尾崎君の自宅近くを歩く事にしている。
そして、アルバイトをしていたコンビニ周辺を歩く。
鴇沢課長から捜査はするなと、釘を刺されている。
しかし、雉内刑事が、捜査をしない訳が無いと、思っているのも分かっている。
だから、ある程度は、許されるだろう。
ただ、担当の刑事が、聞込みをしているのは、間違いない。
出会す事もあるだろう。
しかし、聞込みさえ、していなければ、大丈夫だ。
ただ、歩いているだけだから。
昼からは、石鎚山高専の秋山千景に、会う事にしている。
秋山千景とは、少なからず縁がある。
特に、父親の秋山弘とは、成り行きで、一緒に捜査した事さえある。
と、云っても、秋山弘は、刑事では無い。
何と云うか、事件ウォッチャーとでも云うのか。
事件現場て出会すのだ。
連絡先も個人的に交換している。
だから、既に、連絡をして、会う約束をしている。
高専生が、杉岡君や尾崎君と、同じ塾へ通っている学生と、会っているという情報がある。
更に、その塾生で、中学時代の同級生から、聞込みをしているとの事だ。
警察も、同じ学生から、聞込みをしている。
聞込みをした学生から、それを聞いている。
高専生が、どういう順番で、聞込みをしているのか、分からない。
警察の聞込みと前後して、高専生も聞込みをしている事になる。
聞込みをしている高専生の情報も、警察は掴んている。
ただし、聞込みをしている高専生のなかに、秋山千景の名前は無かった。
どうも、高専生の一部が、今回の事件を調べているようだ。
石鎚山高専生の西山君は、殺害された杉岡君と尾崎君の中学時代の同級生。
しかも、同じ塾へ通っている。
だから、警察も西山君から事情聴取した。
また、石鎚山高専で発生した構内暴走車事件。
更に、その暴走車に、尾崎君の遺体が遺棄されていた。
秋山千景が、食い付くのにも無理は無い。
それで、その辺りの経緯を聞くことにしている。
雉内刑事は、何気なく考えていた。
県道を抜けて、古条市へ入って行った。
ふと、街並みのビルの看板に、目が止まった。
ん?
えっと。
あれは確か…
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