幸せな時間、黒いうわさ
「そうか、大宮さんの方は特に進展なしか」
土日で青修についてネット検索したりしたけど、めぼしい情報は見つからなかった。
それを話すと、明神君は真面目な顔になる。
「明神君の方は?」
「僕もあいにく。土日は撮影があってね、空き時間で何か調べられないかと思ったけど無理だったよ」
えっ。
情報交換しようって言ってきたのは明神君なのに。
「なんだ、じゃあ今日はどちらも収穫なしなのね」
そしたらなんで明神君は今日、わたしを誘ったんだ。
これならメッセージでやり取りすれば十分だったんじゃ……
と、明神君がぐっと顔をこちらに近づけてくる。
金曜のときみたいに、差し込む光で照らされた白い肌がまぶしい。
「そうだね。今日はお互い、気になることを質問する回にしようか」
「質問?」
「うん。僕としても、大宮さんみたいに話の合う同い年の子は初めてだからさ。ミステリにはまったきっかけとか、あるの?」
「きっかけか……わたしの家って本屋だから、元からたくさん本があったのよね。特にミステリは母さんが好きで」
「じゃあ、おすすめの1冊とか、作者とかっている?」
「うーん……」
それでわたしは、ひたすら明神君の質問に答えていった。
わたしが答えるたびに、明神君は驚いたり、パッと目を輝かせたり。
本当に、無数の表情を見せてくれる。
さすが、役者としても一流の明神君だ。
いや、今明神君が演技してるか、素でこの反応をしてくれてるかなんて、わたしごときにはわからないのだけど。
自然に、話したくなる。
明神君の表情の変化を、つい見たくなるのだ。
――ああ、朝日が言ってた、明神君に関してびっくりしたところってこれか。
朝日からしたら自分のずっと上にいるような人が、決してそのことを鼻にかけたりすることなく、とてもフランクに話してくる。
これは確かに、はじめましての人ともすぐ仲良くなれるわけだ。
だってわたしも今、明神君と話していて、とっても楽しいもの。
こちらが全くストレスを感じない。昔からの知り合いみたいな感覚。
なんというか、幸せだ。
そして、そんな時間が1時間ほど続いて。
「大宮さんも、質問ある?」
「わたし?」
「うん。僕についてでもいいし、他のことでもなんでも。あ、朝日のクラスの様子とか、聞きたい?」
「それは大丈夫。朝日から結構聞いてるし」
朝日が他の子からどう見えてるか。それも気になるけど、今日明神君に聞くなら別のことだ。
こっちのほうが、朝日のためになる。
「それよりわたし、伊那沢さんのことを聞きたいの」
「伊那沢のこと?」
わたしが聞いた瞬間、明神君が怪訝な顔をする。
「うん。同じクラスだって、朝日から聞いて」
「えっ、ファンなの?」
「いや、そうじゃないんだけど。えっと、他校の友達がファンで」
さすがに、朝日の許可なく朝日の恋心を話すわけには行かない。
例え明神君が朝日と仲良くても。
「そっかー……」
明神君、若干残念そうな顔。
さっきまで快晴のように明るかった表情が、曇り空のようになる。
で、またすぐ真面目な顔に戻る。
「伊那沢か…………いや、良いとは思うんだけど……」
なんだ、妙に歯切れが悪いぞ。
「どうかしたの?」
「だって、ほら……ああ、大宮さんは知らないのか」
「何? 伊那沢さんのことなにか知ってるの?」
一体何なんだ。
こうやって濁されたら、余計知りたくなるのが人間ってものだろう。
正直あまり良い話ではなさそうだが。
「……まあ、大宮さんは朝日の身内だし、現場にも出入りしてるっていうし、言っていいか。これはあくまでうわさなんだけどさ」
明神君は、パイプ椅子の背もたれに体を預けて座り直す。
今度こそ、ボスキャラみたいだ。
そして、そこから出てきた言葉は、今までの明神君のイメージには無いものだった。
「伊那沢はね、監督に媚びを売って仕事を取ってるらしい」
これまでの調子とは全然違う、冷たい明神君の言葉が響き渡る。
明神君の表情も変わった。切れ長の目がさらに細くなり、射るような鋭い視線がわたしに向けられる。
媚びを売るって、何を言ってるの? 明神君……
「伊那沢、今度映画出演が決まったの知ってる?」
「ああ、ネットニュースになってたわね」
そのことなら、朝日に恋心を打ち明けられた日の夜、伊那沢さんについて調べて知った。
人気恋愛小説の映画化で、伊那沢さんは主人公の女性の学生時代を演じるらしい。
相手役の男性の学生時代を演じるのは、大河ドラマの経験もある有名俳優。他の出演者も世間で名の通った役者ばかりで、演技経験の少なさを考えると伊那沢さんは大抜擢と言っていいだろう。
その抜擢の裏に何かがある、というのか。
「もうじき週刊誌にも上がってくる頃だろうけど、伊那沢はあの映画の監督と何度も密会してたんだ。証拠も上がってる。学校でこっそり会ってたらしくて、目撃者が何人もいる」
「み、密会って……」
「そのまんまの意味だよ。
わざとらしく息を吐く明神君。
確かに、そういううわさは芸能界では聞くこともある。
この子はコネで選ばれただの、あの子が選ばれなかったのはスタッフと不仲だっただの。
でも、秋津さんもファミレスで言っていたように、そういううわさは鵜呑みにするものではない。
「それ本当? 見間違いとかじゃなくて?」
「ああ。目撃者が1人ならともかく、何人もいるからね。それにあの監督と伊那沢は以前から作品で関わりがあったわけでもない。伊那沢から言ったのか監督から言ったのかは知らないけど、とにかくタイミングが怪しすぎる」
うーん、この感じだと明神君は結構伊那沢さんのことを疑ってるみたいだ。
「他にも、伊那沢にはうわさがあるよ。マネージャーをあごで使って色々命令してる、みたいなのもあったなあ。なんでも、何かあるとすぐ『レイコ、レイコ』言うらしいんだ。わがままお嬢様みたいに」
「はあ」
マネージャーとの距離感はタレントそれぞれだ、と秋津さんは言っていたけども。
まあ、マネージャーとは言え中高生が大人を呼び捨てにするというのは、見ていて気持ちの良いものでは無い。
「もちろんうわさといえばうわさなんだけど、ちょっとこれは黒寄りのうわさって感じなんだよなあ。伊那沢の努力はクラスでも見てるし、それは認めるんだけど。本当だったら、残念だよ」
確かに、うわさが本当なら伊那沢さんの芸能人としてのイメージは大きく下がるだろう。
実際に伊那沢さんが監督と密会していたかどうかは、さほど関係はない。そういううわさが流れ、そしてそれを否定するだけの材料がない、というのが問題なのだ。
明神君の言う通り、どこかの週刊誌にこの報道が出たら。
映画出演を取りやめになったり、今のモデルの仕事も減らされるかもしれない。
ちょうど売出し中の伊那沢さんにとって、あまりにも大きな痛手。
そして、朝日もショックだろうな。
「ねえ、そのうわさって、結構もう広まったりしてるの?」
「あー……まあ、知ってる人は知ってるって感じかな」
「それこそ朝日とか、クラスの子とかは」
「どうだろう。僕の知る限りでは……いやわからんな」
首を傾ける明神君を見て、わたしは安心する。
とりあえず、朝日には黙っておくことにしよう。
***
『試合を終えた彼女は、まるで父が飲むキンキンに冷えた生ビールジョッキかのように缶コーヒーを飲み干す。さっきまで対戦相手に向けていた真剣な表情とのギャップに、僕は思わず見とれていた』
数日後の夜、わたしは自室で読書をしていた。
ミステリじゃない小説を読むのは久しぶりだが、なかなか面白い。
明神君から聞いた、伊那沢さんに関するうわさ。
気になるかどうかで言えば、気になる……と思ったときに、伊那沢さんが主役に抜擢された映画の原作小説が、たまたま家の本屋にあるのを思い出した。
抜擢された理由を、原作から見当つけられないか、と思って読み始めたのだが。
『彼女は自販機から買いたての冷たいペットボトルを、僕の頬に不意打ちのように当ててくる。笑顔が、まぶしい』
バレー部を舞台に、甘酸っぱい高校生男女の恋愛が続く物語。映像として映えそうなシーンもあるし、映画化も納得だ。
けど、ヒロインと伊那沢さんの結びつきは、なかなか見えてこない。
モデルとしても活躍する伊那沢さんに比べ、ヒロインは背が小さく目立たない感じだ。
キャスティングは監督1人で決めてるわけではない。最終的には複数のスタッフの合意で決まるはず。
つまり、監督以外の人たちも伊那沢さんを起用することに納得しているはずなのだ。
その理由は、何だ……?
ブルブル
おっと。
わたしは鳴ったスマホを耳に当てる。秋津さんからだ。
……そういえば、秋津さんは、伊那沢さんのうわさは知ってるのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます