風の通る場所編>第21話 小さな構想

 それから数か月後。


 かなめは会社を辞めた。

 設計事務所を出た彼女の行き先は、意外な場所だった。


 

 「え、……地方?」

 

 かつての同僚が目を見開く。


 「うん。今はタミがいる山のほうに小さなプレハブ借りて。

 週に何回かはそっちで作業してる」


 「……本気で、そっちでやっていくの?」


 かなめは迷わず、うなずいた。


 「都市で得たものもある。でも、“建てる意味”は、あっちにあった気がするんだ。

 ──人と、場所と、時間が絡み合って生まれる建築をやりたい」



 小さな構想が動き出していた。


 「“地域に根づく建築”の実験所──を、つくる。名付けて『風の設計室』!」


 「……だっさ」

 

 「うるさい!仮だからね、仮!」



 かなめとタミは、今度は同じテーブルを囲んでいた。

 図面とスケッチと、地元の人から集めた意見のメモ。


 「第一弾は……?」

 

 「“みんなの集まる離れ”。村の人がちょっと喋りに来られる場所。

 お茶、野菜交換、井戸端会議、子どもが絵を描く……そういうの全部入ってるやつ」


 「規模は?」

 

 「建築面積、十五坪以内。平屋。素材はほぼ地元のもので」


 タミが、静かに微笑んだ。


 「……たぶん、いいのができる。わたしも楽しみ」

 



 設計はスピードより「共有」を重視した。

 町の人たちの話を聞き、何度も描き直し、屋根の形もみんなで決めた。


 何日もかかった打ち合わせのあと、夜のプレハブで、かなめが疲れてぐったりと机に伏せた。


 「はぁ……あのじいちゃん、今日も“やっぱ茅葺きにすっか?”とか言ってきた……」


 「言ってた」


 「できるかー!構造計算どうすんだあれ……」


 「でも……ちゃんと、建てられたら、きっと喜ぶ」


 「そりゃね……わかってる。だからやってる」


 かなめは机から顔を上げ、スケッチブックを開いた。

 そこには、真っ直ぐに軒を張り出した、優しい庇の家が描かれていた。


 「──“誰かの記憶”に残る場所。

 あの人がいた、あの人と喋った、そういう“居場所”。わたし、建てたいんだ」


 「……わたしも」

 


 夜風が吹き込むプレハブの窓。

 スケッチが、風に揺れてページをめくった。

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