過去編カナ視点②
私はバイト帰りに古本屋に足を運んだ。漫画コーナーに着くと、アオイが好きだと言っていたギャグ漫画を手に取った。パラパラとページをめくって軽く目を通す。想像以上にくだらない。ストーリーというストーリーは無く、キャラクターが排泄したり、涙と鼻水を吹き出しながら怒ったり、何の脈絡もなく死んだり(次の話では当たり前に生きている)、十ページの短い話が詰まっているけど、題材が違うだけで全話やってる事は同じだ。でもこれを読んで大口開けて爆笑してるアオイは簡単に想像がつく。つい笑みが溢れる。でも本は買うまでではないな、と棚に戻し私は店を後にした。
あの日、再会を果たした私達は定期的に同じカフェで集まって談笑していた。とは言っても話すのはいつもアオイで私は相槌をうっているだけなのだが、楽しい。アオイが好きなものを沢山知れて、アオイの好きなものに触れてみようと私自身の行動範囲も増えた。そのほとんどが良さを理解できなかったが、私がそれを話題に出すと、アオイは分かりやすく機嫌が良くなるので、そんな彼女を見られるのであれば興味ないことを勉強出来るようになった。
アイドル……。アオイの天職だと思う。こんなに人を惹きつけて、染めていって、彼女はきっと何も計算していない。人から愛される天才だ。何故彼女がオーディションに落ちるのかが謎だ。ルックスもかなり整っているし、カラオケとダンス教室に通っていて歌って踊るスキルだってある程度はあるはずだ。だからアオイの今回もダメだったと言う報告を聞くたびに私は不思議に思った。アイドル業界厳しすぎる。
私は、アイドルになりたいと願うアオイを応援する事が生きがいになっていた。ファン一号、いつか有名になる前にアオイのサインをもらったりした。ウインクしているうさぎを模した可愛いサインだった。何故か私もサインを求められたので、色紙に普通のフルネームを書いて渡すと喜ばれた。そんな日が続いたある日、急に当たり前だった日常が壊れる事になった。
「それって……クビって事ですか。」
「ごめんね、サトコちゃん。」
「いえ……今までありがとうございました。」
バイトをクビになるのは初めてではなかった。今回は長く働かせてもらえた方だ。私がいるとクレームが入るらしい。レジの女に睨まれて不快だったとか、目つきの悪い女から負のオーラが出てて店に入りにくくなったとか、いるだけで空気が重くなるとか……。睨んでるつもりは無いと店長に言った時も、それを決めるのはお客様だからと一蹴されてしまった。まあその通りだし、指摘されても愛想良く笑えない私が悪いし、バイトなんて選ばなかったらまたすぐ決まるからクビにされても特に何とも思わないことが多い。でも……バイト終わりに向かいのカフェに寄ってアオイと会うのが当たり前になっていたから今回のクビは変にダメージを受けてしまった。
私はいつもより早い時間にカフェに入り、いつもの席に腰を落とす。ウエイトレスが水を持ってきたタイミングでエスプレッソを注文して、一人沈黙の中茫然としていた。本当はこんなカフェ好きじゃないんだ。コーヒーだってそんな好きじゃないし、店内に流れるクラシックも好きじゃない。早くアオイが来ないと、落ち着かない。
「……サトコちゃん?顔色悪いけど大丈夫?」
アオイの声に私はゆっくりと顔を上げる。
「大丈夫。」
「そっか。今日もバイトお疲れ様!」
「……ありがとう。」
特に理由はないがバイトをクビになった事が言えなかった。アオイはジュースを頼むとスマートフォンをいじり、私にとあるホームページを見せた。
「次、このオーディション受けてみようかなって思って。」
「えるまにあ新メンバー募集オーディション……。えるまにあって聞いたことないけど、有名なの?」
今までアオイがオーディションを受けていた事務所やグループは、曲やアイドルの顔や名前は一致しないけど、興味のない私でもどれかはうっすら知ってるくらいには有名なところが多かった。でも今回のえるまにあというグループも、所属しているフルカワ芸能事務所も、聞いたことがない。
「私も知らなかったんだけど……地下アイドル?界ではかなり有名なんだって。」
「地下アイドル……。」
知らない界隈だった。地下アイドルという単語をネットで軽く調べると、メディアの露出よりもライブに力を入れているインディーズのアイドル……らしい。テレビなどには出ない知る人ぞ知るアイドル……と言う認識で良いのだろうか。
「……まあ良いんじゃないかな。地下アイドル界隈ってよく分かんないけど一応有名なグループみたいだし。メジャーなアイドルグループより全然入り口は緩そうなイメージあるし。私も、アオイちゃんにはアイドルになって欲しいから。」
「サトコちゃん、ありがとう!えーっと……まずはオーディションのホームページに……。」
「……私も受けてみようかな。オーディション。」
「え?」
冗談のつもりだった。バイトでクビになって暇だったし、真剣にアイドルになりたいという気持ちは無かった。でもポツリと溢した言葉をアオイは真剣に受け止めた。
「いいじゃん!サトコちゃんもオーディション申し込もうよ!」
「……え。」
目が輝いている。その視線に吸い込まれて、目を逸らしたいのに逸らさない
「あの……、私……。」
「サトコちゃんならアイドルなれるよ!可愛し!スタイル良いし!」
それは流石に見る目がなさすぎる。背は確かに高いし、贅肉もついてないが、スタイルが良いと言うよりただ不健康なだけだし、私の顔は接客業をクビになるレベルで人相が悪い。健康的で可愛いアイドルとは私は真逆だ。一瞬、フリフリなピンク色のアイドル衣装を着た自分を想像して、うへー……と気分が悪くなる。
でも、もし二人でオーディションに受かることが出来たら、私は一番近くでアオイを応援することが出来るな、とは思った。まあどうせ書類審査で落ちるだろうけど、私は勢いとノリでオーディションの応募をした。
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