天災と人災、そしてリアンヌの死
2011年3月11日。
東日本大震災。
泡沫城の、地下司令室で、私は、その、信じがたい揺れと、モニターに映し出される、巨大な津波の映像を、ただ、見つめていた。町が、人が、車が、まるで玩具のように、黒い濁流に飲み込まれていく。
そして、追い打ちをかけるように、福島第一原子力発電所の、事故。
この国は、再び、巨大な厄災に見舞われた。
この惨状は、人々の心に、深い影を落とした。防災への意識を高める一方で、「原発ゼロ」という、感情的な声が、世論の大勢を占めるようになっていく。
その光景を見て、私は、一人、嘯いた。
『――何を、馬鹿なことを』
原発は、危険だ。あの事故は電力会社の杜撰さや予備電源の確保など様々な問題があった。そして放射能は危険である、安全なんかではない。しかし、それはしっかりと注意して扱えば、問題なく動くのだ。車の運転のようなものである。
それに、電力がなければ何もできない時代において、最も安定した、基幹電源でもある。これから、インターネット、クラウド、AIと、世界は、ますます、莫大な電力を必要とするようになる。太陽光や風力といった再生可能エネルギーは、あまりに、自然に左右されすぎる。それを安定させるための、巨大な蓄電池の整備には、まだ、数十年はかかるだろう。
使用済み核燃料を無害化する核種分離や核種変換のような技術の研究も、原発そのものへのイメージが悪化すれば、停滞する。
理想論ばかりを垂れ流し、問題を先送りにすれば、結局は、自分たちの首を絞めるだけだというのに。
小型原子炉や加速器駆動未臨界炉など次世代原子炉の研究開発も野心的に取り組まなくてはまたしても世界に取り残されるだけだ
危険な技術を使いこなすには、その技術に熱中し研究する次世代の者たちが必要なのだ
その芽を摘み取れば、逆に危険なのである
安全だと言って何も考えないのもよくないが、危険だと言って何も考えないのもよくないのだ
そんな、先の見えない不安の中で、私個人にも、悲劇が訪れた。
2014年、リアンヌが、病で死んだ。
癌だった。最高の医療技術を持つ、私の泡沫城でさえ、彼女の命を、救うことはできなかった。
その頃、私たちが共に興した会社と、泡沫城の企業群は、新たな黄金期を迎えていた。1993年に設立された、NVIDIAという半導体メーカーが開発した、GPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)。元々は、ゲームの画像処理のために作られた、その半導体が、AIの深層学習に、絶大な効果を発揮することを、私たちは、誰よりも早く見抜いていた。
私たちは、90年代から、GPUの研究開発に、莫大な投資を続けてきた。その設計技術は、世界でも、随一。GPUだけでなく、CPUも、それらを統合したSoCも、自前で作ることができた。
それらを、世界中の巨大IT企業に売りさばき、私たちの会社は、驚異的な収益率を叩き出し続けていた。
その、矢先の、リアンヌの死。
それは、あまりに、大きな痛手だった。だが、彼女は、最後まで、天才経営者だった。自分がいなくなることを見越して、自分以上に優秀な後継者を、既に、準備していたのだ。
リアル、と名乗る、若い男だった。
かつて、私がアメリカでスカウトした、優秀なエンジニアの一人。未来を見据える、天才的な勘の良さと、技術への、深い、深い理解。そして、彼もまた、私と同じ、「オタク」だった。日本のアニメ、ゲーム、漫画に魅了され、その文化を、心から愛する男。
彼の指揮の下、会社は、更なる成長を遂げていった。
時代は、刻一刻と、変化していく。
隣国の中国は、かつての日本を彷彿とさせる、凄まじい勢いで、経済的にも、軍事的にも、力を付けていた。韓国も、台湾も、特に、この半導体製造の分野において、もはや、この国が、到底太刀打ちできないほどの、圧倒的な力を持つようになっていた。
ドローン、人工知能(AI)、人型ロボット。
新しい技術が、次々と、世界を塗り替えていく。
我が国、日本は、その、全ての分野で、悲しいほどに、遅れを取っていた。
だが、それでも。
私の旅は、続く。
この、滅びゆくのかもしれない故郷の、その、最後の姿を、この目で見届けるまで。
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