革命の坩堝、あるいは王のいない玉座

アメリカという若き国家の誕生を見届けた私は、1787年に帰国した。泡沫城の研究室に籠り、持ち帰ったライフルの設計図を元にした新型銃の開発、そして、未だ日の目を見ぬ蒸気機関の研究に没頭する。書庫には、アメリカとヨーロッパで買い漁った最新の自然科学の書物が山と積まれ、私はその知識の海に溺れるようにして、二年という月日を過ごした。それは、カヨの死後、久方ぶりに感じた、純粋な知的好奇心に満たされた、穏やかな時間だった。


だが、その静寂は、海の向こうから届いた一つの報によって、またしても破られる。

フランス第三身分による「テニスコートの誓い」。

国民議会の設立を宣言し、憲法制定まで解散しないと誓ったという。その報を聞いた瞬間、私は全てを悟った。

『――始まる』

アメリカの独立が、理念の革命であったとするならば、これは、飢えと怒りと、そして長年蓄積された憎悪が爆発する、血の革命だ。私は、開発途中の蒸気機関の部品を放り出し、すぐさま、最も速いオランダ船に乗り込み、フランスへと向かった。


私がパリの土を踏んだ頃、街は既に、熱病に浮かされたような狂気に満ちていた。バスティーユ牢獄は民衆によって襲撃され、その跡には「ここにダンスホールあり」と、革命の勝利を祝う落書きが踊っていた。王家はパリから逃亡を図るも、ヴァレンヌで捕らえられ、威厳も何もない、ただの一人の哀れな男として、民衆の晒し者となっていた。


そして、革命広場(現在のコンコルド広場)で、私はその光景を目撃した。

無数の群衆が見守る中、ルイ十六世が、断頭台(ギロチン)へと引きずり出される。かつて絶対君主としてこの国に君臨した男は、もはや何の力もなく、ただ恐怖に震えているだけだった。刃が落ちる。どっと、歓声が上がる。人々は、王の血を浴びようと、我先にと駆け寄っていく。


その、あまりにもグロテスクで、しかし圧倒的なエネルギーに満ちた光景を、私は、目に焼き付けた。アンシャン・レジームと呼ばれた旧体制の矛盾、度重なる戦争による国家財政の破綻、ヴォルテールやルソーが説いた啓蒙思想の普及、そして、凶作によるパンの値上がり。それら全てが、この悲喜劇の引き金となったことを、私は理解していた。

絶対王政の終焉。その光景を眺めながら、私は、泰平の眠りを貪る我が祖国、日本の未来を、思わずにはいられなかった。いずれ、この国にも、これとは違う形ではあれ、変革の嵐が吹き荒れるだろう。その時、武士たちは、将軍は、一体どうなるのか。


そんな革命の狂騒の最中、私は、ネヴェと出会った。

場末の酒場で、男たちに絡まれていた、まだ少女の面影を残す娘。私が気まぐれに助け出すと、彼女は、飢えた獣のような目で私を見つめ、礼も言わずに言った。

「……あなた、何者? その目、人間じゃないわ」


彼女は、没落貴族の娘だった。当時、十五歳。革命によって父も母もギロチンで処刑され、昨日までの豪奢な暮らしは嘘のように消え去り、今はただ、人目を忍んで、その日暮らしの貧しい生活を送っていた。

私たちは、自然と、恋仲になった。それは、恋というより、互いの孤独を寄せ合って暖め合うような、父と娘にも似た、奇妙な関係だったかもしれない。私は彼女に、生きるための術と、ささやかな食料を与え、彼女は私に、革命に揺れるパリの裏側の情報と、年不相応な、冷徹な洞察を語って聞かせた。


「民衆なんて、馬鹿よ。王を殺して、自由を手に入れた気でいるけれど、すぐに気づくわ。彼らには、導いてくれる、強い指導者が必要だって。この国は、これから、もっと不安定になる」

彼女の予言は、的中した。ロベスピエールによる恐怖政治、そしてその終焉。不安定な総裁政府。革命の熱は冷め、人々が求めたのは、自由ではなく、秩序と、パンだった。そして、その受け皿として現れたのが、コルシカ島出身の、小柄な軍人、ナポレオン・ボナパルトだった。


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