2 復讐

サブは途中で車を盗み、夜の山道を走らせていた。


道は細いが行き交う車はなく、調子づいたサブはアクセルを強めに踏んだ。


翔子は後ろの席を陣取り、何度も欠伸をかいた。


右に左にと車はカーブを曲がるたびに傾くが、翔子の身体はゆすられることはなかった。「暇だなぁ。――音楽かけてよ」翔子は不機嫌そうに言った。

「ちぇっ。どうせ聞こえないんだよね。つまんないの」

すると、サブがふいにラジオのボタンに手を伸ばした。

「――え、うそっ。聞こえてんの?」


翔子は運転席と助手席の間から顔覗かせ、サブの耳に息をかけた。するとサブは、耳のあたりを手で払った。

「何だよ。ハエ扱いかよ」

翔子は、そうツッコミを入れて、後部座席に戻った。


スピーカーからは、翔子が少し前に気に入っていた曲が流れ、翔子はリズムに合わせて身体をゆすった。


少しすると、翔子は何かに気づいたように身体をゆするのを止めた。「待って。――こいつ、だんだんわたしのことに気づき始めてない?」

そう思った翔子は助手席に移り、カーナビに顔を近づけた。

以前、カーナビが道のないところに運転手を誘導する話を聞いたことを思い出し、試したくなったのだった。

画面に映し出された地図は、車が三叉路に近づいていることを示していた。外を見ると真っ暗で見通しが悪い。


「……行けんじゃね?」そう呟いて再びカーナビに顔を近づける。


「真っ直ぐ進んでくださーい」とふざけた口調でカーナビに向って言った。すると、なんとスピーカーから流れる音楽の音量が下がり、カーナビの声が聞こえて来た。

「そのまま、真っ直ぐに進んでください」


冷静な女性の声が社内に響いた。「うそ?」翔子は思わず目を丸めた。

「うそ?」同時にサブはカーナビを思わず二度見した。


そして、車はそのまま崖を落ちて行った。

「ウワーーーッ!」

落下の最中、サブはエアバッグに挟まれたまま、目を剥いて叫び続けた。

助手席の翔子はフワッと宙に浮かび、ケタケタと笑いながら「死ね、死ねえー」と大声で叫んだ。


車はガタンガタンと何度も跳ねながら沢まで転げ落ち、ようやく止まったときにはガラスは割れ、車体は斜めに傾いていた。

いつの間にかエアバッグは縮んでおり、サブはハンドルに額を押しつけたままぐったりとしていた。




(バカだね。ベルトにちゃんと肩を通してたら、もうちょっとましな格好で死ねたのにね)


翔子は外に出て、ガラスがなくなった窓から運転席へて身体を滑り込ませた。

(……ホントに死んだ?)翔子はサブの顔に、耳を近づけた。

サブの鼻から小さくスゥ、ハァと呼吸の音が聞こえた。

(――くそっ、生きてんじゃん。あんた、人のこと殺しといて、自分ばっかり生きてんじゃないよ!)翔子は窓から身体を抜き、舌打ちをして髪をかきむしった。


「クソ―ッ!」

そう叫んだが、暗闇の中で響いているのはクラクションの音だけだった。



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