【二】
「開けた場所まで走れ!!」
誰かが叫び、ロイや護衛達は
この先に洞穴があったはず。
魔物の棲みかになってなければいいが──
そう思いながら全力で足を動かす。
必死で森を駆け抜ける人間達を、髑髏竜は木をなぎ倒しながら追う。
あそこだ──!
木々の向こうに、黒々とした洞穴が見えた。
竜が地響きを上げながら距離を詰めた。背中に熱を感じて振り向くと、竜の喉の奥が真っ赤に光っていた。
「ブレスだ!」
叫ぶと同時に、ロイは手を引いていた少年を抱えて横に飛んだ。
ゴオオオ、と灼熱の炎が吹き荒れる。
「ぐあぁぁっ!」
一人が避け損ねて半身を焼かれた。その場にくずおれた護衛は、激痛に顔を歪めている。
「誰か、そいつを神殿に送ってやれ!」
ロイは怒鳴りながら背中の大剣を抜いた。
護衛の一人が倒れた仲間に駆け寄って、護符を発動させる。
火傷を負った男の姿が消えた。転送先は神殿だ。そこで治療を受ければおそらく助かるだろう。
背後の洞窟に魔物の気配はない。
安全だと判断したロイは、背後に庇っていた少年に「あの洞窟に隠れてろ。絶対に出てくるなよ」と告げ、「行け!」と軽く肩を押した。
「わかった。だが無茶はしないでくれ」
紙のように顔色を白くした少年は、それでも気丈に言って、洞窟に向かって走りだす。
ロイと護衛達は骨の化物に向き直る。
二百年に一度この山に現れ、時に人の領域に災厄をもたらす最悪の魔物。それを引き当ててしまうなんて、あまりに運が悪い。
舌打ちを堪え、ロイは果敢に竜に斬りかかった。
──髑髏竜との戦闘は熾烈を極めた。
怪我を負わされ、或いは戦闘不能に陥って、護衛が一人また一人と戦いから離脱し、残るは護衛の長とロイだけになった。
しかし髑髏竜とて無傷ではない。翼の骨はあらかた折れ、右後ろ足の先はなく、肋骨も何本か折れている。
だが、不死の魔物はこのていどでは止まらない。骸骨化した魔物の場合、首を斬り落とし、頭蓋骨を破壊しない限り、葬り去れないのだ。
竜が声なき咆哮を上げ、空っぽの眼窩で二人を睨みつけた。
護衛の長は、刃こぼれしてボロボロになった自分の長剣を、傍らのロイに軽く振ってみせた。
「この剣では奴の首を落とせぬ。とどめはお前が刺すのだ。私が囮になるから、あの忌々しい竜の首を叩き斬れ」
「……それではそちらが危険だ。いったん退くという選択肢もあると思うが」
「いや、ここまで弱らせたなら今倒すべきだろう。こいつが山を降りて人里を襲ったら、間違いなく甚大な被害が出るからな」
「……承知した」
ロイが頷く。
二人は竜に向き直った。
護衛の長が先に走り出す。
前に出た彼を顎に捕らえんと、竜は長い鎌首をもたげた。
ガキッ!
鮫のような鋭い歯が並ぶ口腔が、護衛の長に襲いかかった。それを、長は盾で防ごうとしたが、盾を構えた腕ごと噛みつかれる。
「ぐっ……!!」
牙が籠手を貫通し、長の腕に食い込んだ。辺りに鮮血が飛び散る。
しかし食らいついて離さなかったのが竜の命取りになった。
ロイは大柄な長の背後から竜の死角になるように接近し、伸びきった脛椎を、大剣で叩き折るように斬り落とした。
ガツ、という破砕音が響く。
骨だけの体躯が崩れ落ちるのを横目に、ロイは地面に転がった頭蓋骨に大剣を突き立てた。
頭蓋骨に垂直に刺さった大振りの剣は、まるで竜の墓標のように見えた。
地面に縫いとめられた竜の
横倒しになった骨の体にも罅が入り、砂のように崩れていった。
髑髏竜討伐を成し遂げたロイは、護衛の長に急いで駆け寄った。
「大丈夫か?」
「…………まあ、何とかな」
腕から血を流し、地面に膝をついた男に声をかけ、懐から出した聖水を傷口に惜しみなく振りかける。
「……すまない」
「すぐ神殿に行った方がいい」
「いや、その前に我が主君と話がしたい。肩を貸してくれ」
「わかった」
ロイは肩を貸して立ち上がらせると、少年が隠れている洞窟に向かった。
◇◇◇
長の傷を見て、少年は息を飲んだ。
ほかの四人も怪我で神殿送りになったと聞いて、彼はみるみる意気消沈した。
「すまない、私のために……」
「いえ、あなたがご無事で何よりでした。ですが私もこの怪我ですから、最後までお供するのは難しい。私と共にいったん山を下りましょう」
「…………いや、私は残って薬草を探す。目的地まであと一息のはずだ」
「ですが……!」
護衛の長は渋った。少年一人を残し、素性の不確かな傭兵と二人きりにしたくなかったのだろう。当たり前の懸念だ。ロイもそんな事で腹を立てたりはしない。
けれど予想に反して、少年は強情に首を振った。
「お前も知っているように、改めてこの山に登るだけの人員と時間が確保出来るかわからない。だから私はこの案内人と残る。
お前は早く神殿に行け。浄化が遅れてゾンビにでもなったら絶対に許さんからな」
「ですが、」
「これは命令だ」
「…………承知しました」
渋々了承した護衛の長は、護符を発動させて神殿に戻った。
魔法の光が消えた頃、黙って成り行きを見守っていたロイは、改めて少年に声をかけた。
「一人で残って良かったのか」
「ああ。私は、どうしても薬草が必要なんだ」
「ならば、俺も最後まで仕事をまっとうしよう。だが、今夜はここで夜を明かした方が良い。もうすぐ日が暮れる。夜は
「わかった」
「薬草の採取は朝になるが、それでいいか?」
「構わない」
少年はあっさり頷く。
案内人の傭兵と野宿となっても、彼は文句一つ言わない。自力でここまで来た事といい、思った以上に肝が据わっている。
冷静さを崩さない少年に、「俺は夜営の準備をするからゆっくり休んでろ」と告げ、ロイは薪を集めに洞窟の外に向かった。
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