第四十九話 獣平野での戦い②

 エデルナの生み出した獣盾部隊は、銃火器の時代だからこそ生まれた部隊だ。

 人では決して持てない巨大な盾で銃弾を防ぎ、仲間を守ることに徹する。


 かつて紋章持ちが戦況を決めていた時代であれば、我々が盾になるなど言語道断と言われていただろうし、機動力に優れる紋章持ちには今一効果がなかった。

 だから銃火器の時代到来と共に真っ先にそれを生み出したエデルナ軍は、一種のアドバンテージを誇っていた。


「なんだ……あれは」


 獣王国の兵達は、迫り来る鉄の壁に恐怖を覚える。

 その手にはフーレイ法王国からもたらされた最新の銃が握られているというのに、頼もしい気分が欠片もしなかった。


 それはそうだ。あれにどれだけ銃を撃ったとしても意味が無く、挽きつぶされて終わるだろう。


 では獣王国が誇る獣達はどうかと言えば、その機動力であれば鉄の壁を避けることも可能。

 しかし側面に回り込もうとすれば、そこに待っているのは帝国軍の最新の銃を装備した銃兵達。その一斉射撃にあっという間に蜂の巣だ。


 その上、空には無数の竜と炎を纏う姫将軍。

 ただの人間では太刀打ちすることも不可能なその集団に、末端の兵達は恐怖を見せる。


「ふ、奮い立て。奴らの侵攻を許せば、この国は終わりだ!」

「あ、ああ。地獄が待っている。なら地獄を経験するのは俺達だけで良い!」


 それでも彼らが逃げず、言葉を掛け合って立ち上がるのは守るべき者達がいるからだ。

 帝国軍は巨悪であり、支配されればどれほどの仕打ちを受けるか考えるのもおぞましい。


 だから獣王国の兵達は、命を賭す覚悟がある。

 そんな覚悟が決まった軍団は、何よりも恐ろしい軍団と言えるだろう。


 そしてそんな獣王国の兵を奮い立たせる、稲妻を身に纏う少女が獣王国軍の陣地から飛んだ。


「雷神だ。こっちには雷神もいるんだ! 行くぞ!」

「「「おう!!」」」


 雷神の恐ろしさを、もっとも良く知るのは獣王国の者達と言えるだろう。

 東国に受け継がれる雷の神と幾度となく戦った歴史があり、幾度となく苦汁をなめさせられた。


 それはお伽噺として伝わるほどで、故にそんな雷神が今回は味方だと兵達は勇気を持つ。

 特に雷神が凜々しく美しい少女であったことも、兵達が元気を得る要因となっただろう。


 そうして人々の視線を一身に受ける雷神ゲッコウ・クレハはポツリと呟いた。


「……姫、将軍」


 クレハの瞑られていた目は開眼し、光なき瞳で帝国軍を見る。

 動かなかったはずの体は全身に電気を流すことで強引に動かし、それによりクレハは全身から稲妻を放っていた。


 長い黒髪をたなびかせ、その手には一本の刀がある。誰もが引きつけられるオーラを放ったクレハは、そっと刀の柄を握った。


 バチバチと、稲妻が迸る。右手で鞘を持ち、左手で柄を持ち、その瞳は真っ直ぐ姫将軍エデルナを貫いた。


 そして――


「――〝雷撃〟」


 刀を抜き、エデルナへと振るったと同時に雷の一撃がエデルナ目がけて放たれた。


 どれだけ離れていようとも、雷の一撃は簡単にエデルナの下まで届く。

 それは人を飲み込み、一瞬で炭にしてしまうほどの威力を誇った一撃だ。


「焔よ!!」


 しかしエデルナが身に纏う炎が、その雷撃を防ぎきる。

 烈火の如く燃える火は、雷神によって帝国軍に広がった動揺を一瞬で鎮める迫力を持っていた。


「雷神の攻撃はわらわが防ぎきる。進め!!」

「「「おう!!」」」


 先頭を進む獣盾部隊は敬愛するエデルナの言葉により足を速くする。

 そしてエデルナは、同じく空を飛ぶクレハを睨んだ。


「……東国の、雷神か」


 若い少女だ。エデルナと同じぐらいだろう。

 彼女もまた神として生まれ、その運命を背負った者。ここが戦場でなければ、仲良くしたかった。


 しかしここは戦場である。互いに相手を殺そうと力を振るう場所であり、甘い考えは捨てねばならない。

 エデルナは炎をより燃え上がらせ、クレハの二撃目へ身構えた。


「むっ!?」


 しかしクレハは二撃目を放ってくることがなかった。

 全身に雷を纏い、次の瞬間一気にエデルナに向かって飛んでくる。


「馬鹿な!?」

「雷、撃ッ!!」


 敵軍に対して単身で真っ直ぐ突っ込んでくるなど愚策としか言いようがない。

 しかしそれを成したクレハと、エデルナは剣を抜き打ち合った。


 剣と刀が打ち合えば、炎と雷がぶつかり周囲を圧倒する。それは神々の戦いであり、凡人の立ち入りを一切禁止するものだった。


「単身突撃するその行為。愚かとしか言えぬ愚行じゃぞ。貴様が要であることなど言わずとも知ることじゃろう」


 この戦いは、雷神を中心に巻き起こったものだ。雷神さえ打倒すれば、帝国軍はまた砦に引きこもることもできる。

 だというのに単身で突っ込んでくるなど、愚かとしか言えぬ行為だ。


「……否」

「なに?」


 遙か上空で、エデルナとクレハは打ち合った。

 そんな打ち合いをしていれば、周囲を竜兵部隊が取り囲んだ。


 アイスベルが誇る竜兵部隊は、特殊な無竜を除いた十一種の竜種が所属する大陸唯一の竜の紋章持ちのみで構成された部隊だ。


 それは神すら食らう竜の大軍であり、単身で突っ込んできたクレハはそれに囲まれたのだ。


「エデルナ殿。――数秒後、全力で防御していただきたい」


 そうエデルナに言ったのは、一体の竜の背に乗った古竜ティラギスだった。


 唯一竜化することなく人間の状態で竜兵部隊の指揮を執るティラギスは、エデルナに対してそう告げる。

 それに対し頷いたエデルナは、願い通り五秒後全身を炎で囲んだ。


「放て。竜の息吹! 目標、雷神――」

「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」


 ティラギスの命令によって放たれる、十一種の竜による四方からの息吹。

 一発で人間を消し炭にするそれが全方位から放たれれば、いくら神といえどただではすまない。


 炎竜、水竜、土竜、風竜、雷竜、鉄竜、闇竜、光竜、時竜、空竜、死竜。

 かつて神より生まれし十一種の竜が束ねた息吹は、神にすら届きうる。

 全力で防御態勢に入ったエデルナに対し、クレハは生身でその息吹を食らった――



「――クレハ様、勝手な行動はなされないでください」



 しかし風を纏った何かが直前で割り込んできて、竜達の息吹を吹き飛ばす。

 クレハを守るよう刀を抜き、風の障壁を生み出したのは一人の少年だった。


「ジュウジロウ……竜は、任せ、る」

「承知しましたクレハ様!」


 クレハはエデルナを見据えて、ジュウジロウは周囲の竜達へ視線を向け獰猛に笑う。

 決してクレハの邪魔はさせない。竜は全部殺してやる。ジュウジロウの目はそれを物語り、竜兵部隊の間に緊張が走った。


「怯むな! 炎竜、敵を仕留める」

「了解ですティラギスさん」


 しかしティラギスが一声で緊張を鎮め、竜兵部隊と風神トウドウ・ジュウジロウの戦いが始まる。

 しかしティラギスを乗せる炎竜が、口を開いた。


「けどこっからは俺達で十分です。ティラギスさんは、下をお願いします」

「……理解」


 非常に端的な会話だ。それだけ言って、ティラギスは炎竜の背から飛び降りた。


 人間の身で遙か上空から落下しているというのに、竜達は誰も助ける気配がない。

 ティラギスの安否は一切確認せず、風神ジュウジロウと向かい合っていた。


「……今の、古竜でしょう。良いんですか? 僕との戦いに特殊紋章がいなくて」

「問題ない。空を飛べないティラギスさんの戦場は、ここじゃねえ」

「なるほど……古竜がいないのであれば、トカゲの集団何の問題もありませんね!」


 ジュウジロウはそう叫び、身に纏う風をより強くした。

 風の神が発する風は、ただの風ではない。触れるだけで全てを切り裂く、風の刃を無数に放っている状態だ。


 しかし相対するはアイスベル軍の竜兵部隊。多くの戦場を乗り越えた歴戦の部隊であるならば、神を相手したとて不足無し。


 戦場の上空では、姫将軍エデルナと雷神クレハ。そして竜兵部隊と風神ジュウジロウの戦いが巻き起こっていた。

 だが不思議なことに、東国から来た二人は猛烈な勢いで進軍する帝国軍を一切気にしていない。


 クレハ達なら戦いながら軍を攻撃し、その足を止める、あるいは鈍らせることも可能だろう。

 だが気にすることなく、エデルナと竜兵部隊しか見ていない。

 逆にエデルナ達が何もできないように全力を務めている様子だった。


 その理由は後に、獣王国の策略と共に判明することとなる――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る