第四十八話 獣平野での戦い①

 ホロホロ山脈の手前にある平野は、多くの戦争により血に染まった平野である。

 様々な国家によって二千年の歴史でいくつもの戦争が起こり、人が死んだ場所。

 この平野には死体を求めるハイエナが棲み着き、夜になれば幽霊が出現するという。


 そんな平野は次なる戦の気配を感じてか、非常に静かな様相だった。


「クレハ殿。勝手な行動は困りますなあ。多くの兵が眠った時に雷は落とすっちゅう話でしたろ」

「…………」


 そんな静かな平野に、幻獣バウグレイ・ティーチの声が響く。

 それはバウグレイにとって非常に優しい言葉遣いであれ、言葉の節々に怒りがあった。


 だがそれを向けられたクレハは、一切動じることなく車椅子に腰掛ける。

 無断で三発の雷を放ったクレハはもちろんこうして怒られているわけだが、理由あってのこと故にその態度は豪胆だ。


「クレハ様は気付かれたから撃ったと申しています」

「……気付かれた? まさかあいつらにですかい?」

「ええ。そうですよね、クレハ様」

「…………」


 その問いかけに、クレハはこくりと頷いた。

 それにバウグレイは目を見開く。


「なぜ奴らは気付いたんでっしゃろか。雷神風神が援軍としてきていることはわしらしか知らんこと」

「…………」

「相手には炎の神と古代の竜がいます。何かしら自然発生した雷雲ではないと感じ取ったのでしょう。とクレハ様は申しております」

「……そうですか。クレハ殿はようわかりましたな」

「クレハ様は目が見えないために、心の目を持っていらっしゃいます。それで見抜いたのでしょう」

「そうですか」


 はぐらかすように言う風神ジュウジロウに、バウグレイはそれ以上追求しない。

 今は仲間とはいえ、帝国の脅威が過ぎされば敵国となる関係だ。

 互いに見せずに済む札は見せないに限る。


「それで落雷で相手の損害は?」

「…………」

「想定以下とのことです。恐らく奴らはすぐに攻めてくるでしょう」

「まあ炙り出すことが目的なんで、攻めてくるんなら問題ないですわ。クレハ殿もジュウジロウ殿も、よろしく頼んます」


 バウグレイは二人にそう言って、兵達に戦争の準備をせよと通達する。

 山脈砦を攻めねばならなかった立場から、平野で迎え撃てる立場になった。この戦い、間違いなく獣王国有利である。


 そうして慌ただしく動き回る獣王国の者達を尻目に、東国の二人は会話をする。


「…………」

「なるほど。敵は予想以上に強大かもしれないということですね」

「…………」

「はい、多くの者が死ぬでしょうね。しかし我々さえ死ななければ、東国の勝利です」


 ジュウジロウとしては帝国に勝利しつつも、獣王国にも大損害を被って欲しいのが本音だ。

 とはいえ手を抜いて負けたら本末転倒なため本気でやるが、未来のためにもなるべく沢山死んで欲しいと暗い思いで願っていた。


「…………」


 そんなジュウジロウを、クレハ瞑った目でじっと見つめる。

 何かを言いたげで、でも何も言わない。クレハは己の思いを簡単に表に出すことはしない少女だ。


「どうかしましたか?」

「…………」

「そうですか。何かあればすぐにお伝えくださいね」


 クレハにとってこの戦争も、ただ東国を守るためというわけではない。クレハにはまた一つ別の目的が存在した。

 それはジュウジロウにすら伝えないことであり、ずっと秘してきたこと。

 クレハは慌ただしい獣王国の者達を見渡して、ゆっくりと己の肉体に電気を流し始めた。


「姫……将軍」


 その唇が僅かに動き、敵の名前を囁いていた。



 ◇



 獣王国と帝国の戦争が始まる。

 しかし、これはただ単純に勝ち負けを決める戦いではない。無論アイスベルとバウグレイは勝ち負けしか見ていないだろう。


 だがエデルナも、ラースも、東国も、勝ち負けとそれ以外も見据えて戦いに入っていた。

 獣王国戦がどう決着するか次第で、大陸の命運すら決まってしまう。

 これはそれほど重要な局面だ。


 その最初の一手はクレハから放たれ――二手目は帝国軍から放たれる。


 砦の門が開き、巨大な鉄の盾を持った獣の紋章持ち達が顔を見せた。


「……ほう。なんじゃエゲツねえもんきたなあ」


 バウグレイの視力なら、数キロ先の兵だろうがくっきり見える。

 それは銃弾すら通さない分厚い鉄の盾だった。


 人間なら絶対に持ち運べない鉄の盾も、獣の紋章持ちなら持ち運べる。それが帝国軍の前方を守り、こちら側まで安全に連れてくるのだ。まさに移動する城壁だ。


「わしらも取り入れたいもんじゃなあ。おもろい案じゃ」


 鋼鉄の巨大な盾を持ち、防御に徹するというのは古い慣習に縛られた獣王国では中々出てこない案だ。


 あれもまた、銃火器の時代が来たから生まれたもの。いつまでも獣の肉体だけで戦うわけにもいかないため、バウグレイもまた柔軟に敵の作戦を分析していた。


「そして上空には姫将軍と竜の大軍……あんなんが突っ込んできたら大抵の軍は全滅じゃろうて」

「バウグレイ様。大丈夫っすかね? うちは竜がオイラともう数人しかいないっすよ」

「おう。ライデン。そのための風神雷神じゃ」

「東国のクソなんて信用できるっすかねえ」


 バウグレイは横に控えさせていた副官、雷竜の紋章を持つ男ライデンと会話をする。

 先日シェリンと共に帝国内へ進入したライデンという男は、獣王国において希少な竜の紋章を持つ男だ。

 非常に小柄で人相が悪い男だが、その優秀さは本物である。


 大陸東部は珍しい地域であり、獣の紋章持ちが古来より多く生まれる土地柄だ。

 反対に神や竜は生まれにくく、ライデンはその貴重な竜と言えた。


「竜の大軍だけならわしが蹴散らせるが、姫将軍もとなるとわしら空中戦苦手じゃからなあ。雷神風神に頼るしかないってもんよ」

「空飛ぶってやっぱズルいっすよね」

「おめえが言うんじゃねえよ雷竜」

「うへー」


 だがライデンの言うとおり、空を飛ぶというのは非常に大きな武器だ。

 基本的に飛行手段を持たない獣にとって、空飛ぶ竜や神は天敵中の天敵。

 東国から雷神風神が来てくれなければ、エデルナが加わった帝国軍とは負け戦となっていただろう。


「とはいえ、ここまではわしらの想定通り。奴らはこの軍の中心、まあわし目がけてくるじゃろうな」

「バウグレイ様殺されちまったらオイラ達終わりっすからね」

「そうなったらシェリンと共に頑張れ。まあ死なんけどな」


 バウグレイはゴキゴキと首を鳴らしながら周囲にハンドサインで指示を出す。

 恐ろしい速度で攻めてくる帝国軍。そして続々と砦から出てくる最新の銃を装備した歩兵達。

 あんなものを真正面から受け止めれば敗北は必至だ。


「上空のは風神雷神に対処してもらう。地上のはわしらじゃ。奴らがまでさしかかったところで囲め。全滅させる」

「了解っす!」


 バウグレイは戦場を見渡し、ニヤリと笑う。

 戦力は互角。いや、帝国が多いだろうが、こちらには地の利がある。

 それで敵の盾を持った獣を中心とした精鋭は討ち滅ぼす。そしたら残るは後方の歩兵達。最新の銃を持った歩兵の大軍は、非常にやっかいだ。


 だがそれすらも、すでに打った布石により問題なく対処できる。


「勝利への道が見え取るなあ」


 バウグレイの目には、帝国軍を打ち倒す未来が確かに見えていた。


「敵の古竜はわしが対処する。以降の指揮はライデン達に任せるぜ」

「はいっす! 死なないで欲しいっす、バウグレイ様」

「わしゃあ死なねえよ。安心しろ。帝国のクソにこの国は荒らさせん。全滅させたる!」


 そう言ってバウグレイは豪快に笑っていた。


 敵は迫り来る帝国軍。移動する鉄の壁に、空飛ぶ竜と姫将軍。

 対してこちらは獣の大軍に、幻獣、獣王と風神雷神。


 バウグレイは冷静な分析により、この戦況を見据えている。

 敵の戦力を分析し、その全てに適切な回答をしたつもりだ。姫将軍も、古竜も、竜の大軍も、最新銃を装備した歩兵も、その全ての対処法を脳裏に描いている。

 大きな戦いになるだろう。しかし勝利するのは獣王国であると、バウグレイは確信していた。

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