不死身のAR少女

第16話 AR少女 莧紅(ひゆみ)

 城戸きど鷹千代たかちよが登校しようと、寮の玄関ドアを開けると、ひらりと紙切れが落ちた。

 どうやらドアに挟まれていたようだ。


 なんだ? 手紙? いや違うな。


 日焼けして黄ばみ、よれよれになった紙切れだった。

 その紙切れには、妙な文章とともに、QRコードが記されていた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 よそからはこんだ おおきなき

 はなばかりみないで

 あたしはここよ

 あさ みみすませば みんなのこえ

 あしおとあびて まっている


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ……どういう意味だ?


 なんだか謎かけのようだと思った。


 QRコードを見た。

 さて、これはどうしたものか。

 スマホを手に取り、少し悩んだあと、それを読み取った——。



「ダウロードしちゃったの? 城戸くんにしては軽はずみなことしたわね」


「大丈夫だ、委員用のスマホを使ったから」


 寮を出てプロムナードに入るところで、相棒バディ本読ほんよみ紗夜子さよこが待っていた。


「それで、は?」


「ここにいる。本読もあいさつしてくれ」


 寮の玄関ドアに挟まっていた紙切れ、そこに記されたQRコードを読み取ると、アプリストアに飛ばされた。

 そこには『莧紅 — Hiyumi』というアプリがあった。

 恐る恐るそのアプリをダウンロードして起動してみると、スマホのカメラで周囲を見るようにと指示が出た。


 カメラをのぞいてみて城戸は驚いた。

 そこには、本物の人間のような女子の姿があったのだ。

 背格好からしておそらく同年代の学生。

 見た目も表情も普通の人間と変わらないが、唯一顔色が酷く悪かった。

 まるで幽霊か死人のような、肌も唇も青黒い血色の悪さだった。

 は手を振って、あいさつをしてきた。

 そして自分を、『莧紅(ひゆみ)』と名乗った。


『はじめまして。あたし、莧紅ひゆみっていいますっ。よろしくね、本読さん』


 城戸の持つスマホのカメラ越しに、莧紅は人好きのする笑顔を見せた。


「あら、はじめまして。こちらこそよろしく、莧紅さん」


 本読は城戸に顔を近づけて、ひそひそ話をするように手を添えた。


「これって、AR(拡張現実)っていうのよね。なに? ARの女の子とおしゃべりするゲームなの?」


「どうも、そう単純なもんじゃなさそうなんだ。ほら、莧紅さん、本読にも話して」


「え、なになに?」


『本読さんも、あたしのお願い、聞いてくれる? ちょっと困ってるの』


「お願い? 何かしら」


『あたし、バラバラにされた体、探してるの。学園のどこかにあるから、いっしょに探してくれないかな?』


「えっ」


 本読は目をしばたたかせ、城戸と莧紅の間で視線を何度も行き来させた。


「体って、あなたの体?」


『そう、あたしの体。あたしは体をバラバラにされて、あちこちに埋められたの。今のあたしは魂だけの存在。幽霊みたいなものよ。体を全部そろえて元に戻りたいの。だからお願い、いっしょに体を探してくれないかな?』


 本読は顔を引き攣らせながら、城戸のほうを向いた。


「ええっと、この子、ゲームのキャラよね? そういうホラー系のゲームなの?」


「かもしれない」


 アプリの紹介欄には、何の説明も書かれていなかった。


「ゲーム、やるの? その……バラバラの体、探すの?」


「やってみようと思う。なんか気になるんだ」


 妙な文章とQRコードが記された、あの古い紙切れ。

 わざわざ城戸の寮の部屋を選んで挟まれていたことから、『自分にこのゲームをプレイしてもらいたい』という何者かの意思を感じる。


「いっしょに載っていた文章、これはバラバラにされた体の一部の在処を示してるんじゃないかと思う」


「はあ」


「『よそからはこんだ おおきなき』って、たぶん校庭の菩提樹ぼだいじゅのことだろ? 異界から運んできて植樹したってやつ。『あさ みみすませば みんなのこえ』っていうのは、登校してくる生徒を指してると思う。っていうことは、正門側ってことじゃないかな」


「なるほどね、じゃあ、『あしおとあびて』は?」


「それ、変な言い回しなんだよな。浴びるのは上から降ってくるものだ。足音を浴びるってどういうことだ? 地面の下ってことか?」


「ふうん、〝菩提樹の正門側、地面の下〟ね。そこに体の一部があるの? でも探すってどうやって? まさか地面を掘るわけにいかないでしょ」


 城戸はスマホをかざして見せた。

 カメラの中で莧紅が笑顔で手を振っている。


「ARだから、アプリを起動した状態でカメラを向ければいいと思う。これで菩提樹の正門側の根元を見てみよう」



 学園の校庭にある、巨大な菩提樹。

 学園章のデザインにも取り入れられているシンボルツリーである。

 学園創設のときに植えられてから大きく成長し、今や大人数人が手をつないでようやく囲めるほどの太さになっていた。


 城戸はその正門側の根元を、カメラで映してみた。

 莧紅が根元の一ヶ所を指さし、『ここ、ここだよ』と言っている。

 それ以外、何のアクションもない。

 てっきり何かの画像やアニメーションが現れるものとばかり思っていたが、予想は外れたようだ。


「城戸くん、何も起きないわね」


「ああ」


 城戸は、ここに来るまでに本読と見た映像を思い出していた。

 早朝の寮の監視カメラの映像だ。

 自分の部屋の玄関ドアが映っている。

 遠い映像でわかりにくかったが、夜明け直後に突然、例の紙切れがドアからはみ出した。

 エネルギー映像では、何らかの超常的なエネルギーが人魂のように突然ポンッと現れて、ドアの隙間に吸い込まれていったのが確認できた。


 やはり普通じゃない。

 何かある。

 これは単なるホラーゲームではないのかもしれない。


「本読、先生たちに許可を取ろう。ここを掘ってみたい」



 城戸はスコップで掘り出した。

 周りには登校してきたばかりの生徒たちが、興味深げにながめている。

 遠くでは教師も何人か見ているようだ。


 ザク、ザク。


「城戸くん、莧紅さんがもう少し、って言ってるわよ」


 本読が城戸のスマホをかざしながら言った。


 ザク、ザク。


 地面は固く、なかなか掘り進まない。


 もし、もし仮に。

 仮にここに、何か埋まっていたら、それはだいぶ昔に埋められたものだろう。


 ザク、ザク。


 何か、ガツンとスコップの先に当たった。

 石のような硬い感触ではない。

 軍手をはめた手で土をかきわけた。


 そこには、木でできた箱があった。


 小一時間かけて、城戸は慎重にその木箱を掘り出した。

 かなり古い木箱だ。

 土や腐食で汚れているが、造りはしっかりしている。

 どこにも文字や絵柄はなかった。

 古い木の臭いと、少し鉄臭さを感じた。


 開けるか……。


 どこにも開けるところがない。

 仕方なくスコップの先を隙間に差し込んで、てこの原理で一息に外した。


「……ぐっ」


 後ろで本読が息を飲んだのがわかった。

 遅れて周囲がざわめいた。


『やったー! 見つかった! ありがとう、城戸さん、本読さん!』


 スマホから莧紅の声だけが聞こえてくる。


 木箱の中には、両目をえぐり取られた、少女の頭部が入っていた。

 それはまぎれもなく、莧紅のものだった。

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