第21話 くまとOJT

 東京でも、山側になると熊と遭遇する事件が起きとる。怖い、怖い。

近頃の熊は(ツキノワグマでもヒグマでも)人間慣れして怖がらないと報道されている。

人と熊とのテリトリーが分けられていないから、こうなるんだろな。


 人間やったら情に訴えて

「お願い。助けて。」

が通じる場合もあるだろうけど、相手が熊やと違う。

熊は人間=餌としか見ていない。泣き落としは通用せん。


 熊という生き物は、餌への執着心が強く、かなり狡猾な性質らしい。

私が読んだ本では、食べた後の消化も早いから、お腹がある程度満たされていても、獲物を見つけたら襲うこともあると書かれてあったな、確か(うろ覚えの情報かもしらんが)

そこがライオン🦁なんかと違うところ。

ライオンは腹膨れたら昼寝しとるし。


熊は賢いから、今が食べごろ収穫どころ、というスイカやとうもろこしをちゃんと見極めて、先手を打つ。個体が大きいから移動距離も長く、あちこちの畑に進出して、「ここのスイカは小さい。あっちのスイカは甘い。」

など過去のデータを基に、食べ物を探していくそうな。

究極のOJT(On the Job Training)やなぁと感心しちまった。


 うちの若手スタッフも、熊の経験学習に倣ってほしいんだが。

 男子スタッフ(看護学生で看護助手アルバイト中)と私の、ある日の一コマ。

「患者さんの陰部洗浄をやります。」

「お湯の熱さは?」

「人肌程度です。」

「人肌ってどれぐらい?」

「だいたい36〜37度ぐらいです。」

「そうだね。じゃあ、お湯持ってこようか。」

「はい。」


 ちゃんと、お湯を持ってきたのはいいよ。陰部洗浄用の容器にも入れているし、そこまではよし。容器を触ってみたら、ん?なんか熱い。


「お湯の温度確かめた?」

「はい。蛇口の捻るところが黄色い色だったので、人肌だと思いました。」

ん?よくよく聞くと、蛇口についている水温調節(青🟦が水、赤🟥がお湯)のこまがちょうど黄色🟨であったため人肌の温度が出ると思ったらしい。


正確な水温計じゃあるまいし、夏やったら水道管も温まって、熱湯みたくなってることあるやろ。やり直しを命じたら、次持ってきたのは冷たい。

どうやったの?

「青に近い黄色でお湯を出しました。熱くないので持ってきました。」


そりゃそうだろな。さっきまで熱めのお湯が入ってたから、容器に入れたらちょうどいいくらいの温度に感じるよな。

私がいうとるのは、患者に直接かけたお湯の温度が人肌程度かどうかということよ。もちろん、超ぬるめのお湯が好みの人もいるから、その温度が一概に正しくないとは言わん。


「温度の測り方知ってる?」

「はい。」

指で触るだけじゃなく、腕の柔らかめの皮膚にお湯を直接かけて温度を確認すること。1から10まで説明せにゃならんなんて、教える方がドット疲れる。

 これが、熊なら自分の経験値と照らし合わせて『北側の蛇口は、夏でも水の温度が一定してるな。』とか『出始めはカルキの匂いが強いから、出しっぱなしにしてから湯を入れよう。』などして、人肌ピタリの湯を持ってきそうだ。


 おタケさんは

「生まれた時からスマホがあって、なんでもアレクサに聞ける世代なんだから。

アライちゃんが辛抱しないとダメよ。」


「簡単に言ってくれるな。ちょっと考えたら分かりそうなもんやのに。」


「考える手順もAIが教えてくれるのよ、今は。」


「何回も質問できる制度廃止したらいいんや。AIにもさ、いい加減自分でやってください。とか怒られたらええ。」


 熊のOJTが凄まじいのは、命と直結してるからかもしれんが、それにしてもねぇ。おタケさん、今日のアテは?


「ガーリックパウダー付き揚げポテト。」


コッテリで良き良き。くまの話から飛躍しちまったけど、私の胃も熊並み。

熊とは直接お会いしたくないが、人間の好きな食べ物は熊も好きだし。

お互いうまくやっていけたらええなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る