45話 約束の時間

12月24日。

柚月とのクリスマスデート当日。


約束の時間まであと1時間。

御堂は新宿でプレゼントを仕込み、待ち合わせ場所に向かおうとしていた。

胸ポケットにリボンのかかった小さな包みをしまいこみ、スマホの時計を指先でなぞる。



(大丈夫。まだ余裕がある)



一息ついて改札へ向かいかけた――そのとき。


雑踏の中で、耳に引っかかる会話が聞こえた。



「――つーか、あれじゃね?前に新しい”クスリ”手に入ったとか言ってたろ」


「マジかァ?めちゃくちゃ飛べるって話じゃねぇ?裏山〜」


「けどハヤトのヤツ、冷や汗びっしょりで出てきて、真っ青で目ん中ギラッギラ。なんか意味わかんないことブツブツ言ってた思ったら、急に叫びだしてよォ……アレ完全に、ヤバいとこから金借りてるぜ」


(クスリ、血走った目、精神錯乱……)



一瞬、奥歯がきしむ。

御堂は髪をかき上げ、静かに息を吐いた。



(……またか)



踵を返し、男たちに近づく。



「すみません。今の話、『ハヤト』って……もしかして僕の親戚かもしれません。待ち合わせしてたんですけど、連絡が取れなくて。住んでるところ、分かりますか?」


「は?おま――」


「……ってかお前、顔いいな。ウチで働かね?」



御堂は薄く笑った。

少年らしい愛想笑い――のを一瞬でやめる。



「ハヤトさんの居場所――教えていただけませんか」


声は穏やかで、言葉づかいも丁寧。

けれど、その響きに温度はなかった。

まるで氷の刃を布で包んで差し出されたような、静かな威圧。


空気が、ぴしりと張り詰める。


目の前の“ただの高校生”のはずの少年から、

裏社会の獣めいた気配がじわりと滲み出る。


男たちの肩がびくりと跳ねた。

茶化そうとしていた笑みが、自然としぼんでいく。



「……っ、203。『コーポときわ』ってアパートの203号室。ここ……ッス」



男は地図アプリを震える指で差し出した。



「し、親戚なら頼むわ。あいつに、店サボってんなって言っと……いてください」


「じゃ、俺らも仕事戻るんで」



逃げるように足音が遠ざかる。


御堂は軽く会釈だけし、画面を見つめた。



(まだ時間はある。確認だけ……しておくか)



冷たい風が吹き抜ける街へ

彼はゆっくりと歩き出した。





”ハヤト”のアパートに辿り着いた御堂は、無言でドアノブを握った。

鍵はかかっていない。軽く押せば、扉は不自然なほど容易く開いた。


軋む音とともに、冷たい空気が漏れ出す。



(……やっぱり)



中は荒れていた。

倒れた椅子、散乱した衣服、割れたコップ。

まるで暴風が室内だけを襲った後のようだ。


だが、人の気配は、ない。


御堂は躊躇なく靴のまま踏み込み、静かに部屋を見渡した。

床に散った小さなガラス片が、彼の足音に合わせて微かに鳴る。


テーブル――

そこに、白い粉末の粒がわずかに残っていた。


彼は指先でそっと触れ、わずかに持ち上げる。

触れた瞬間、指先から薄く嫌な魔力が染み込む。

黒い靄のような違和感が、皮膚の内側にじわりとまとわりついた。


その感触には覚えがある。



(……予想通り、か。だが、嫌な感じだ)



御堂はゆっくり立ち上がり、荒れた室内に目を巡らせる。

暴れた痕跡はあるが、抵抗した形は薄い。

外にも乱れはなかった。



(外に痕跡ゼロ……“まだ”完全に壊れてない。意識は残ってるな)



と、その時。

散らばった紙切れの中に、ひときわ新しいメモが目に留まる。

震えるような走り書き。



『12/24 18:20 戸山公園』



御堂の眉が僅かに寄る。



(やはり一度でディスルド化する量じゃない……

 追加を受け取りに行くつもりか)



スマホを取り出し、時刻を確認する。


『17:30』


柚月との待ち合わせは18:00。


静かな息を吐いた。

その表情には苛立ちでも焦りでもなく、戦場に戻る男の静かな諦観が浮かぶ。


選択肢なんて、はじめからなかった。


スマホを操作し、短いメッセージを打つ。



『ごめん、急用ができた

 少し遅れる

 俺の部屋で待ってて』



送信ボタンを押し、指先に残った魔力を払うように拳を握る。



「……悪い、柚月」


言葉は風に紛れ、誰にも届かない。

御堂は胸ポケットに一度視線を落とし――そのまま闇の方へ歩き出した。

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