聖夜の鐘
44話 囁きの夜
12月。
街はイルミネーションとクリスマスツリーで彩られ、すっかり冬の華やぎに包まれていた。
カフェのガラス越しに流れる賑わいを眺めながら、柚月はマフラーの端を指でいじる。
「駿、クリスマスはどうしようか? 25日はみんなでパーティーするけど……」
「うん? クリスマスって……何するんだっけ」
「えっ?」
思わず聞き返した柚月は、ぽかんと口を開けた。
けれど、考えてみれば去年までの御堂の生活を思うと、そう聞かれても不思議ではない。
「そういえば……駿って、今までパーティーとか出たことないんだよね?」
「……まぁ。
知識としてはあるよ、25日はキリストの誕生を祝うんだろ?でも俺、別にキリスト教徒じゃないし」
「……そうじゃないっ!」
柚月は思わず身を乗り出し、頬をほんのり赤く染めながら続ける。
「現代日本のクリスマスはね、24日の“イブ”がメインなの!恋人たちの大イベントなんだからっ!ロマンチックなデートでイルミネーション見たりとか、プレゼントを交換したりとか……!」
熱をこめて語りながら、途中で自分が乙女モード全開になっていることに気づき、はっとした表情で咳ばらいする。
「と、とにかく、だから、その……」
言葉に詰まって目を泳がせる柚月。
御堂はおかしそうに小さく息を漏らし、ぽんと彼女の頭に手を置いた。
「……それじゃあ、24日は柚月の理想のクリスマスデート、してみようか」
「えっ……!」
ぱっと顔を上げた柚月の瞳が、きらりと輝く。
「うんっ、楽しみ♪
……25日のパーティも、ちゃんと出てね?」
「……それは考えておく」
柚月の嬉しそうな笑顔に目を細めながらも、“みんなでワイワイ”の光景を想像して、御堂は露骨に肩をすくめた。
◇
柚月が服屋で気に入った洋服の支払いをしている間、御堂は店の外に出ていた。
人でにぎわう通りには、イルミネーションの光がきらめき、足元の舗道にまで淡い色を映している。
「クリスマスパーティー、俺も行こうかなー」
不意に横から声がした。
街灯の下、壁にもたれて立っていたのは海だった。
何気ない独り言のように聞こえるが――その視線は、明らかに御堂へ向けられている。
御堂はちらりとも見ず、わずかに眉をひそめた。
「……またか。何の用だ」
「もちろん、君の勧誘に」
「わざわざ人のデートを尾行してまで?」
「やだなぁ、人をストーカーみたいに」
「違うのか? ……はぁ、副隊長様はよほど暇らしい」
海は小さく笑い、軽く肩をすくめる。
そのまま近くの自販機に歩み寄り、ホットコーヒーを二つ買った。
「まぁまぁ、そんな怖い顔しないで」
片方の缶を差し出す。
しかし御堂は受け取らず、わずかに身じろぎしただけだった。
「……いらない」
「そう言うと思った」
海は小さく息を吐き、プルタブを開ける。
湯気が立ちのぼり、冷えた夜気の中に溶けていく。
「言ったろ? 君に興味があるんだよ。――特に、その“動き方”にね」
御堂は返さず、ただ無言のまま横顔を向ける。
その沈黙を楽しむように、海はもう一口コーヒーを飲んだ。
「……なら、俺に気づかれないようにやれよ」
「そんな無茶な。君が気づかないわけないだろ?」
海は肩をすくめ、通りの向こうを見やる。
アーケードの入口では、呼び込みの男たちが寒空の下で声を張り上げていた。
「これは独り言――最近、あの辺の連中の間で行方不明が多いらしい」
「……」
「共通点は、“クスリ”。ちょっと危ない筋のやつだ」
「俺に話してどうする」
「さぁね? 独り言だから」
それだけ言い残し、海は残った缶をガードレールの上に置き、すっと人混みの中へ消えた。
ほどなくして、柚月が紙袋を抱えて駆けてくる。
「お待たせ、駿っ! なんかレジ混んでて……寒かったでしょ?」
「いや、そろそろ暗くなってきたし――帰ろうか」
御堂はガードレールに残された、開けられぬままの缶コーヒーを無言で見下ろした。
やがて視線を上げ、夜風にコートの裾を翻す。
その手は、ほんの少しだけ冷えていた。
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