32話 裏取引掃討戦(1)

10月後半。

卒業まで半年を切ったこの時期から、本格的にレギオンとしての現場訓練が始まっていく。

ここからは各々が自分の得手不得手を把握し、将来的な所属先を絞っていくのが一番の目的だ。


――だが、御堂にとってそれはどうでもよかった。


ただ、柚月の隣にいること。それだけが彼の望みだ。


柚月は自己強化型の前衛パワータイプ。

だから御堂は、これまでの実績を意図的に隠し、表向きは「支援系」として振る舞ってきた。


ディスルドのような規格外が相手でなければ、本来は自分が前に出る必要などない。


彼女が不安を覚えることなく、思い切り戦えるように。

背を守る存在として徹底し、最高のバディとしてあり続ける――それが御堂の決意だった。





「駿、今日は私が前衛だからね! 手、出しちゃダメだからね!」



腰に両手を当て、柚月がむすっとした顔で釘を刺してくる。



「分かってるよ。……なんかデジャヴ感じるけど。 ね、リーダー?」



御堂は小さく肩を揺らした。

奥多摩での訓練を思い出し、柚月の頬がわずかに膨らむ。



「もぉ、んだから!」


「……だといいけど」



御堂は余裕の笑みを浮かべながら、配置についた。


今日の任務は――廃倉庫街で行われる薬物取引の鎮圧。

勿論、メインで動くのは本部の正規レギオンだ。

学生である彼らに課せられたのは、周辺倉庫の監視と逃走者の捕捉。

不審な人影を見逃さないことが役割だった。



……か。本当に、何もなければいいけど」



御堂はわずかに引っかかりを覚えるその言葉に、うんざりとしたように呟いた。





二人が配置につき、三十分ほど経った頃。

怪しげな二人組の男が姿を現した。

一人はサングラスをかけたチンピラ風、もう一人はホスト風の金髪。

その手には、いかにも怪しいアタッシュケースが抱えられていた。



「――……ブツ――……だ――」

「――に……――かねを……――」


「駿、あれって……!まさか……?!」


「……結月、しっ」



御堂は素早く片手で柚月の口を塞ぐ。

本隊が張っていた現場はフェイクで、実際の取引場所はここだったらしい。



「……どうやら、僕らがあたりを引いちゃったみたいだね」



「ど、どうしよう……本隊に連絡しなきゃ……!」



柚月が慌ててスマホを取り出した、その瞬間――。

手を滑らせ、床に落下させてしまう。


――カランッ。



「誰だ!?」


「っ……!」


チンピラ男の銃口がこちらを向く。

御堂は小さく息を吐き、肩を落とした。



「……はぁ。結月」


「ご、ごめんってば!」



「魔物相手なら躊躇なく始末できるけど、人間相手は……俺、手加減苦手なんだよね」


二人はゆっくりと両手を挙げ、銃を構える男たちの前に姿を現す。

御堂は呆れたようにぼやき、柚月は申し訳なさそうに小さく身をすくめる。

だが、その顔に恐怖の色はなかった。


どこか余裕を感じさせる二人の態度に、チンピラ男は苛立ったように銃口を揺らす。



「おい!てめえらっ……レギオンか!?」


「落ち着け。……何のために場所を変えたと思ってる。

下手に騒げば本隊が駆けつけて、厄介なことになるだろうが」



金髪男は冷静にアタッシュケースを拾い上げ、ため息をついた。



「さて……金は確かにもらった。あとは頼んだぜ」



懐から取り出した転移結晶をちらつかせながら、口端をにやりと吊り上げる。



「てめえ、まさか……一人で逃げる気か!」



金髪男の転移結晶が光を帯びるのを見て、チンピラ男が声を荒げ、銃口を向け直した瞬間――。



「……させないよ」



御堂の影がうねり、黒い鎖のように二人の手首を絡め取る。



「なっ……!」


強化ブースト!」



柚月の身体に奔る魔力。瞬時に加速した蹴りが、チンピラ男の鳩尾を撃ち抜いた。

鈍い衝撃音。男の体は宙を舞い、背中から壁に叩きつけられる。

そのまま意識を失い、ずるずると崩れ落ちた。



「……ちっ、やられてたまるかよ……!」



金髪男の顔に焦りが走る。

転移結晶を取り上げられ、逃走の道も断たれた彼は――奥歯を噛み砕いた。


――バキッ。



「……っ!」



御堂の瞳が細められる。次の瞬間。



「グ……ぅ……!」



男の筋肉が異様に盛り上がり、衣服が裂け飛ぶ。

血走った瞳が真紅に染まり、口端から泡混じりの唾液を垂らしながら――狂気に満ちた笑みを浮かべた。



「フーッ……! まさか、これを使うことになるとはな……!

 ヒャハハ……!――気持ちいいぜぇ……! 力が……漲ってくるッ……!」


「っ……駿、これって……!」


「……ディスルドだ」



御堂は低く呟いた。

人間のディスルド化実験――成功例など、これまで一度として見たことはなかった。

だが今、目の前でそれが現実となっている。



「一番……嫌な形で、な」

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