32話 裏取引掃討戦(1)
10月後半。
卒業まで半年を切ったこの時期から、本格的にレギオンとしての現場訓練が始まっていく。
ここからは各々が自分の得手不得手を把握し、将来的な所属先を絞っていくのが一番の目的だ。
――だが、御堂にとってそれはどうでもよかった。
ただ、柚月の隣にいること。それだけが彼の望みだ。
柚月は自己強化型の前衛パワータイプ。
だから御堂は、これまでの実績を意図的に隠し、表向きは「支援系」として振る舞ってきた。
ディスルドのような規格外が相手でなければ、本来は自分が前に出る必要などない。
彼女が不安を覚えることなく、思い切り戦えるように。
背を守る存在として徹底し、最高のバディとしてあり続ける――それが御堂の決意だった。
◇
「駿、今日は私が前衛だからね! 手、出しちゃダメだからね!」
腰に両手を当て、柚月がむすっとした顔で釘を刺してくる。
「分かってるよ。……なんかデジャヴ感じるけど。 ね、リーダー?」
御堂は小さく肩を揺らした。
奥多摩での訓練を思い出し、柚月の頬がわずかに膨らむ。
「もぉ、あんなこと何度もないんだから!」
「……だといいけど」
御堂は余裕の笑みを浮かべながら、配置についた。
今日の任務は――廃倉庫街で行われる薬物取引の鎮圧。
勿論、メインで動くのは本部の正規レギオンだ。
学生である彼らに課せられたのは、周辺倉庫の監視と逃走者の捕捉。
不審な人影を見逃さないことが役割だった。
「薬物……か。本当に、何もなければいいけど」
御堂はわずかに引っかかりを覚えるその言葉に、うんざりとしたように呟いた。
◇
二人が配置につき、三十分ほど経った頃。
怪しげな二人組の男が姿を現した。
一人はサングラスをかけたチンピラ風、もう一人はホスト風の金髪。
その手には、いかにも怪しいアタッシュケースが抱えられていた。
「――……
「――に……――
「駿、あれって……!まさか……?!」
「……結月、しっ」
御堂は素早く片手で柚月の口を塞ぐ。
本隊が張っていた現場はフェイクで、実際の取引場所はここだったらしい。
「……どうやら、僕らがあたりを引いちゃったみたいだね」
「ど、どうしよう……本隊に連絡しなきゃ……!」
柚月が慌ててスマホを取り出した、その瞬間――。
手を滑らせ、床に落下させてしまう。
――カランッ。
「誰だ!?」
「っ……!」
チンピラ男の銃口がこちらを向く。
御堂は小さく息を吐き、肩を落とした。
「……はぁ。結月」
「ご、ごめんってば!」
「魔物相手なら躊躇なく始末できるけど、人間相手は……俺、手加減苦手なんだよね」
二人はゆっくりと両手を挙げ、銃を構える男たちの前に姿を現す。
御堂は呆れたようにぼやき、柚月は申し訳なさそうに小さく身をすくめる。
だが、その顔に恐怖の色はなかった。
どこか余裕を感じさせる二人の態度に、チンピラ男は苛立ったように銃口を揺らす。
「おい!てめえらっ……レギオンか!?」
「落ち着け。……何のために場所を変えたと思ってる。
下手に騒げば本隊が駆けつけて、厄介なことになるだろうが」
金髪男は冷静にアタッシュケースを拾い上げ、ため息をついた。
「さて……金は確かにもらった。あとは頼んだぜ」
懐から取り出した転移結晶をちらつかせながら、口端をにやりと吊り上げる。
「てめえ、まさか……一人で逃げる気か!」
金髪男の転移結晶が光を帯びるのを見て、チンピラ男が声を荒げ、銃口を向け直した瞬間――。
「……させないよ」
御堂の影がうねり、黒い鎖のように二人の手首を絡め取る。
「なっ……!」
「
柚月の身体に奔る魔力。瞬時に加速した蹴りが、チンピラ男の鳩尾を撃ち抜いた。
鈍い衝撃音。男の体は宙を舞い、背中から壁に叩きつけられる。
そのまま意識を失い、ずるずると崩れ落ちた。
「……ちっ、やられてたまるかよ……!」
金髪男の顔に焦りが走る。
転移結晶を取り上げられ、逃走の道も断たれた彼は――奥歯を噛み砕いた。
――バキッ。
「……っ!」
御堂の瞳が細められる。次の瞬間。
「グ……ぅ……!」
男の筋肉が異様に盛り上がり、衣服が裂け飛ぶ。
血走った瞳が真紅に染まり、口端から泡混じりの唾液を垂らしながら――狂気に満ちた笑みを浮かべた。
「フーッ……! まさか、これを使うことになるとはな……!
ヒャハハ……!――気持ちいいぜぇ……! 力が……漲ってくるッ……!」
「っ……駿、これって……!」
「……ディスルドだ」
御堂は低く呟いた。
人間のディスルド化実験――成功例など、これまで一度として見たことはなかった。
だが今、目の前でそれが現実となっている。
「一番……嫌な形で、な」
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