31話 トリック・オア・トリート?【後編】
柚月とのデートから帰宅した御堂は、部屋でひとり黙々とPCに向かっていた。
静かな空間に、キーを叩く音だけが乾いたリズムで響く。
「……はぁ、クソ」
低く吐き捨て、椅子に身を沈める。両手で顔を覆った。
モニターには『ハロウィン特集♪』の文字。ずらりと並ぶ色とりどりの衣装。
自分がなにをしているのか分からなくなり、思わず苦笑がもれる。
「……なにやってんだ俺。でも、ここまできて引くわけにも……」
そのとき、スマホが震えた。
画面に浮かんだのは――唯斗からのメッセージ。
『御堂くーん、宿題でわからないとこあって。お し え て♡』
「……」
ため息をつき、問答無用で削除ボタンに伸ばした指が――ふと、止まる。
(……コイツに頼む、か……)
御堂は一瞬ためらうが、観念したように返信を打ち込んだ。
◇
翌日、新宿のカフェ。
唯斗と向かい合って座る御堂は、カップを手にしながら小さく後悔していた。
少し前の自分なら、こんな状況は想像すらしなかっただろう。
一方で唯斗は、嬉しさを隠しきれない笑みを浮かべている。
「いやぁ、御堂くんからお願いされるなんてびっくり!で、ハロウィンの衣装だっけ?」
「……ああ」
「ふっふっふ、僕に任せなさい!じゃじゃーん!」
唯斗が誇らしげにスマホを突き出す。
「……『ときめき☆アンジュ学園』?なんだよこれ」
御堂は冷ややかに目を細めた。
「え、知らないの!?今、女子の間で社会現象クラスだよ!コミカライズ、アニメ化、映画化までされた神ゲーだってば!」
「はあ……」
「でさ、その一番人気のキャラ――“ヴァイス様”。これが御堂くんにそっくりなんだよ!」
画面に映るのは、無造作に垂れた黒髪に金色の瞳を持つヴァンパイア。
整えた髪にカラコンを入れれば、確かに御堂に驚くほど似合いそうだった。
「……」
言葉を失う御堂。
予想外すぎる現実に遭遇すると、人はただ制止するしかないようだ。
「もー、反応薄っ!でもさ、柚月をあっと言わせたいんでしょ?」
「……まぁ」
「なら決まり!僕の知り合いのレイヤーさんに頼んだら、喜んで衣装作ってくれるって!しかもタダで!」
「は?作る?
あまりに都合のいい話に、御堂は警戒の色を浮かべる。
「……裏があるだろ」
「うーん……まぁね。条件はあるけど、大したことじゃないから!」
唯斗の笑みは、悪戯を隠そうともしないものだった。
◇
――ハロウィン当日。
学園の体育館では、生徒会主催の恒例ハロウィンパーティーが開かれていた。
仮装した生徒たちで賑わい、オレンジと紫のイルミネーションがきらめく。カボチャランタンやクモの巣を模した装飾が空間を彩り、まるで異世界の祝祭のようだった。
「……ソラちゃん、はやくはやく!」
美空の手を引いて会場に飛び込む柚月。赤と黒を基調とした小悪魔の衣装に身を包み、赤い角と羽が小さく揺れる。
フリルたっぷりの短いスカートから覗くガーターベルトが、可愛らしさの中にほのかな艶を添えていた。
「柚月、そんなに急がなくても目当てのスイーツは逃げないぞ」
美空もまた、柚月と反転色で同じ衣装を着こなしている。相対する二人の美少女コスプレに、男子の視線は一斉に奪われていた。
「……」
楽しげにスイーツコーナーへ向かう柚月。けれど、会場内に御堂の姿がないと知ると、小さく吐息を漏らす。
「……大丈夫。来るよ」
「え?」
意味ありげに笑う美空。その表情に首をかしげた直後、会場がどよめきに包まれた。
「え、あれ……!」
「すっご……リアルヴァイス様!」
人気ゲームキャラクター“ヴァイス”の本格的なコスプレで現れた御堂。
鋭さを帯びた金色の瞳、軽薄そうで甘やかな微笑み。立ち姿ひとつで、まるでキャラクターそのものが現実に降り立ったかのような圧を放っていた。
「ヴァイス様ぁ!尊い……!」
「キャー、写真撮りたい!」
「もう死んでもいい……!」
黄色い歓声が飛び交い、瞬く間に人垣ができあがる。
御堂は困るどころか、唇の端を上げて小さく笑った。
だが、その視線は――ただ一人、柚月に向けられていた。
(……ずるい……!)
いつもと違う御堂の姿に、胸の鼓動は早鐘を打つ。
それなのに、女子たちに囲まれて笑う彼を見ていると、胸の奥がチクリと痛んだ。
(……もう、耐えられない……!)
堪えきれず、柚月は人垣をかき分けて御堂のもとへ進む。
きゅっと、縋るように両手で袖をつかみ、潤んだ瞳で真っ直ぐに見上げた。
「……もう、私の負けでいい。
だから――他の誰かに、そんな顔しないで」
震える声に込められた独占欲。
怯えと必死さが混ざった視線に、御堂の目が一瞬だけ驚きに揺れ、それから柔らかな色に変わる。
「……いや」
彼はそっと顔を寄せ、耳元に低く囁く。
「負けたのは、俺のほうだよ」
囁きと同時に唇が首筋をかすめ、尖った犬歯が白い肌に触れる。
まるで本物のヴァンパイアのような仕草。
『――俺の渇きを癒せるのは、君だけだ』
御堂がゲーム作中のヴァイスの決め台詞を囁いた瞬間、歓声は最高潮に達し、失神する女子まで続出した。
「……っ……」
頬を染め言葉を失う柚月を、御堂は満足げに見つめる。
そして彼女をそっと抱き上げ、お姫様抱っこのまま会場を後にした。
こうして――二人のハロウィンバトルは、甘くも熱い引き分けで幕を閉じたのだった。
◇
――なお後日、衣装を仕立ててくれたレイヤーへの謝礼として、あれやこれやとポーズを指示され、丸一日かけて写真撮影につきあわされる羽目になるのだが……それはまた別の話。
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