31話 トリック・オア・トリート?【後編】

柚月とのデートから帰宅した御堂は、部屋でひとり黙々とPCに向かっていた。

静かな空間に、キーを叩く音だけが乾いたリズムで響く。


「……はぁ、クソ」


低く吐き捨て、椅子に身を沈める。両手で顔を覆った。


モニターには『ハロウィン特集♪』の文字。ずらりと並ぶ色とりどりの衣装。

自分がなにをしているのか分からなくなり、思わず苦笑がもれる。


「……なにやってんだ俺。でも、ここまできて引くわけにも……」


そのとき、スマホが震えた。

画面に浮かんだのは――唯斗からのメッセージ。


『御堂くーん、宿題でわからないとこあって。お し え て♡』


「……」


ため息をつき、問答無用で削除ボタンに伸ばした指が――ふと、止まる。


(……コイツに頼む、か……)


御堂は一瞬ためらうが、観念したように返信を打ち込んだ。



翌日、新宿のカフェ。

唯斗と向かい合って座る御堂は、カップを手にしながら小さく後悔していた。

少し前の自分なら、こんな状況は想像すらしなかっただろう。

一方で唯斗は、嬉しさを隠しきれない笑みを浮かべている。


「いやぁ、御堂くんからお願いされるなんてびっくり!で、ハロウィンの衣装だっけ?」

「……ああ」

「ふっふっふ、僕に任せなさい!じゃじゃーん!」


唯斗が誇らしげにスマホを突き出す。


「……『ときめき☆アンジュ学園』?なんだよこれ」


御堂は冷ややかに目を細めた。


「え、知らないの!?今、女子の間で社会現象クラスだよ!コミカライズ、アニメ化、映画化までされた神ゲーだってば!」


「はあ……」


「でさ、その一番人気のキャラ――“ヴァイス様”。これが御堂くんにそっくりなんだよ!」



画面に映るのは、無造作に垂れた黒髪に金色の瞳を持つヴァンパイア。

整えた髪にカラコンを入れれば、確かに御堂に驚くほど似合いそうだった。


「……」


言葉を失う御堂。

予想外すぎる現実に遭遇すると、人はただ制止するしかないようだ。



「もー、反応薄っ!でもさ、柚月をあっと言わせたいんでしょ?」

「……まぁ」

「なら決まり!僕の知り合いのレイヤーさんに頼んだら、喜んで衣装作ってくれるって!しかもタダで!」

「は?作る?無料ただで?」


あまりに都合のいい話に、御堂は警戒の色を浮かべる。


「……裏があるだろ」


「うーん……まぁね。条件はあるけど、大したことじゃないから!」


唯斗の笑みは、悪戯を隠そうともしないものだった。



――ハロウィン当日。

学園の体育館では、生徒会主催の恒例ハロウィンパーティーが開かれていた。

仮装した生徒たちで賑わい、オレンジと紫のイルミネーションがきらめく。カボチャランタンやクモの巣を模した装飾が空間を彩り、まるで異世界の祝祭のようだった。


「……ソラちゃん、はやくはやく!」


美空の手を引いて会場に飛び込む柚月。赤と黒を基調とした小悪魔の衣装に身を包み、赤い角と羽が小さく揺れる。

フリルたっぷりの短いスカートから覗くガーターベルトが、可愛らしさの中にほのかな艶を添えていた。


「柚月、そんなに急がなくても目当てのスイーツは逃げないぞ」


美空もまた、柚月と反転色で同じ衣装を着こなしている。相対する二人の美少女コスプレに、男子の視線は一斉に奪われていた。


「……」


楽しげにスイーツコーナーへ向かう柚月。けれど、会場内に御堂の姿がないと知ると、小さく吐息を漏らす。


「……大丈夫。来るよ」

「え?」


意味ありげに笑う美空。その表情に首をかしげた直後、会場がどよめきに包まれた。


「え、あれ……!」

「すっご……リアルヴァイス様!」


人気ゲームキャラクター“ヴァイス”の本格的なコスプレで現れた御堂。

鋭さを帯びた金色の瞳、軽薄そうで甘やかな微笑み。立ち姿ひとつで、まるでキャラクターそのものが現実に降り立ったかのような圧を放っていた。


「ヴァイス様ぁ!尊い……!」

「キャー、写真撮りたい!」

「もう死んでもいい……!」


黄色い歓声が飛び交い、瞬く間に人垣ができあがる。

御堂は困るどころか、唇の端を上げて小さく笑った。


だが、その視線は――ただ一人、柚月に向けられていた。


(……ずるい……!)


いつもと違う御堂の姿に、胸の鼓動は早鐘を打つ。

それなのに、女子たちに囲まれて笑う彼を見ていると、胸の奥がチクリと痛んだ。


(……もう、耐えられない……!)


堪えきれず、柚月は人垣をかき分けて御堂のもとへ進む。

きゅっと、縋るように両手で袖をつかみ、潤んだ瞳で真っ直ぐに見上げた。


「……もう、私の負けでいい。

 だから――他の誰かに、そんな顔しないで」


震える声に込められた独占欲。

怯えと必死さが混ざった視線に、御堂の目が一瞬だけ驚きに揺れ、それから柔らかな色に変わる。


「……いや」


彼はそっと顔を寄せ、耳元に低く囁く。


「負けたのは、俺のほうだよ」


囁きと同時に唇が首筋をかすめ、尖った犬歯が白い肌に触れる。

まるで本物のヴァンパイアのような仕草。


『――俺の渇きを癒せるのは、君だけだ』


御堂がゲーム作中のヴァイスの決め台詞を囁いた瞬間、歓声は最高潮に達し、失神する女子まで続出した。


「……っ……」


頬を染め言葉を失う柚月を、御堂は満足げに見つめる。

そして彼女をそっと抱き上げ、お姫様抱っこのまま会場を後にした。


こうして――二人のハロウィンバトルは、甘くも熱い引き分けで幕を閉じたのだった。



――なお後日、衣装を仕立ててくれたレイヤーへの謝礼として、あれやこれやとポーズを指示され、丸一日かけて写真撮影につきあわされる羽目になるのだが……それはまた別の話。

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