23話 炎に潜む影(2)
柚月のスマホ画面に、ニュース速報の赤文字が躍る。
『速報:ショッピングモールで火災。ディスルドが関与か』
彼女の顔からさっと血の気が引いていくのを、御堂はすぐに察する。
画面を覗き込み、柚月と視線が合った瞬間、その瞳に浮かぶ不安がはっきりと見えた。
「……ほら、行くんでしょ」
「でも、駿、体が……」
「心配ないよ」
短く答えると、彼女の頭に手を置き、わずかに口元を緩める。
安心させるための、ほんの一瞬の温もり。
そして、玄関の棚から予備のヘルメットを取り、迷いなく彼女へ渡した。
「……駿、バイクなんて運転できるの?」
「ああ、たまにしか乗らないけど……場所は?」
足早に駐輪場へ向かいながら情報を交わす。
彼女の声がわずかに揺れているのを、耳が捉えた。
「南大沢っ。……正規レギオンより先に着ける?」
「火事で渋滞してるみたいだな。……けど、間に合わせるよ」
バイクに跨がり、エンジンを始動。
背後から柚月の腕がしっかりと回される感触と同時に、夜気を裂くような加速が始まった。
遠くの空で赤い炎が揺らめき、言葉にならない不穏な気配がじわりと広がっていった。
◇
モール手前でバイクを止めた瞬間、御堂は周囲の異様さを感じ取った。
南大沢駅前は赤い回転灯とざわめきに覆われ、サイレンの余韻が耳にまとわりつく。
焦げた匂いが鼻腔を刺し、乾いた煙が喉をざらつかせた。
避難者たちが不安げに上階を見上げる中、制服を煤で汚した女性スタッフが消防隊員に必死に説明している。
その声と仕草に、焦燥と責任感が入り混じっているのが分かった。
「すみません、レギオンです。中の様子は?」
落ち着いた声で問うと、女性は驚いたように顔を上げる。
「……三階が火元です。ほぼ避難は終わっていますが……レギオン候補生の女性が逃げ遅れた方を救助に向かい、それを追って男性の候補生も……」
それを聞いた柚月が、はっと息を呑んだのに気づくと、御堂は彼女の手を握りしめた。
「……駿」
「大丈夫」
その声は短くても、彼女の不安を少しでも和らげようとする響きを帯びていた。
「“魔物の気配があるので、消防隊は中にいれるな”と、その女性が……。正規レギオンの到着も遅れていて……」
御堂は小さく息を吐き、眼鏡をかけ直す。
今にも泣き出しそうな女性スタッフに向き直り、緊張感を残しつつ安心させるように口端を緩めた。
「安心してください。我々は人命救助を優先します。正規レギオンが着いたら、魔物が原因だと伝えてください。……消防だけでは鎮火は無理ですから」
女性の安堵の頷きを背に、御堂は柚月と共に煙の中へ踏み込んだ。
◇
二人がモール内へ入った瞬間、肌を刺すようなビリビリとした魔物の気配が全身を包む。
本来、安全地帯のはず――。
だが、この圧力は“奥多摩”で感じたあの存在と同質、いやそれ以上だ。
「……柚月。二人を見つけたら、要救助者と一緒にすぐ外に出て」
「……でも!」
柚月の言葉を断ち切るように、御堂は真剣な眼差しを向ける。
「それが約束できないなら、これ以上先には進めない」
壁のような言葉に、柚月はショックを隠せない表情を浮かべた。
だが御堂は静かに首を振り、彼女の頬を包み込むように手を添える。
「気配で分かるだろ? これは“奥多摩”の時と同じディスルドだ。……しかも、間違いなく何者かが手引きしている」
「……駿は……それが、誰か知ってるの?」
短い沈黙。
だが、御堂が答えを言わずとも、それが肯定であることは察するだろう。
「約束、できるよね?」
「……うん、分かった。でも、駿も……絶対に無理しないで」
(このきな臭さ、十中八九、奴らが絡んでる――だが)
「約束するよ。俺の帰る場所は、柚月だから」
その一言とともに、覚悟が心の奥底へと沈み込む。
黒煙の向こうで蠢く影を捉え、二人は迷いなく一歩を踏み出した。
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