23話 炎に潜む影(2)

柚月のスマホ画面に、ニュース速報の赤文字が躍る。


『速報:ショッピングモールで火災。ディスルドが関与か』


彼女の顔からさっと血の気が引いていくのを、御堂はすぐに察する。

画面を覗き込み、柚月と視線が合った瞬間、その瞳に浮かぶ不安がはっきりと見えた。


「……ほら、行くんでしょ」

「でも、駿、体が……」

「心配ないよ」


短く答えると、彼女の頭に手を置き、わずかに口元を緩める。

安心させるための、ほんの一瞬の温もり。

そして、玄関の棚から予備のヘルメットを取り、迷いなく彼女へ渡した。


「……駿、バイクなんて運転できるの?」

「ああ、たまにしか乗らないけど……場所は?」


足早に駐輪場へ向かいながら情報を交わす。

彼女の声がわずかに揺れているのを、耳が捉えた。


「南大沢っ。……正規レギオンより先に着ける?」

「火事で渋滞してるみたいだな。……けど、間に合わせるよ」


バイクに跨がり、エンジンを始動。

背後から柚月の腕がしっかりと回される感触と同時に、夜気を裂くような加速が始まった。


遠くの空で赤い炎が揺らめき、言葉にならない不穏な気配がじわりと広がっていった。



モール手前でバイクを止めた瞬間、御堂は周囲の異様さを感じ取った。

南大沢駅前は赤い回転灯とざわめきに覆われ、サイレンの余韻が耳にまとわりつく。

焦げた匂いが鼻腔を刺し、乾いた煙が喉をざらつかせた。


避難者たちが不安げに上階を見上げる中、制服を煤で汚した女性スタッフが消防隊員に必死に説明している。

その声と仕草に、焦燥と責任感が入り混じっているのが分かった。


「すみません、レギオンです。中の様子は?」


落ち着いた声で問うと、女性は驚いたように顔を上げる。


「……三階が火元です。ほぼ避難は終わっていますが……レギオン候補生の女性が逃げ遅れた方を救助に向かい、それを追って男性の候補生も……」


それを聞いた柚月が、はっと息を呑んだのに気づくと、御堂は彼女の手を握りしめた。


「……駿」

「大丈夫」


その声は短くても、彼女の不安を少しでも和らげようとする響きを帯びていた。


「“魔物の気配があるので、消防隊は中にいれるな”と、その女性が……。正規レギオンの到着も遅れていて……」


御堂は小さく息を吐き、眼鏡をかけ直す。

今にも泣き出しそうな女性スタッフに向き直り、緊張感を残しつつ安心させるように口端を緩めた。


「安心してください。我々は人命救助を優先します。正規レギオンが着いたら、魔物が原因だと伝えてください。……消防だけでは鎮火は無理ですから」


女性の安堵の頷きを背に、御堂は柚月と共に煙の中へ踏み込んだ。



二人がモール内へ入った瞬間、肌を刺すようなビリビリとした魔物の気配が全身を包む。

本来、安全地帯のはず――。

だが、この圧力は“奥多摩”で感じたあの存在と同質、いやそれ以上だ。


「……柚月。二人を見つけたら、要救助者と一緒にすぐ外に出て」


「……でも!」


柚月の言葉を断ち切るように、御堂は真剣な眼差しを向ける。


「それが約束できないなら、これ以上先には進めない」


壁のような言葉に、柚月はショックを隠せない表情を浮かべた。

だが御堂は静かに首を振り、彼女の頬を包み込むように手を添える。


「気配で分かるだろ? これは“奥多摩”の時と同じディスルドだ。……しかも、間違いなく何者かが手引きしている」


「……駿は……それが、誰か知ってるの?」


短い沈黙。

だが、御堂が答えを言わずとも、それが肯定であることは察するだろう。


「約束、できるよね?」

「……うん、分かった。でも、駿も……絶対に無理しないで」


(このきな臭さ、十中八九、奴らが絡んでる――だが)

「約束するよ。俺の帰る場所は、柚月だから」


その一言とともに、覚悟が心の奥底へと沈み込む。

黒煙の向こうで蠢く影を捉え、二人は迷いなく一歩を踏み出した。

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