1話 結ばれない恋
その日、仕事の帰り。
依頼を受けた情報の受け渡しと、ちょっとした“掃除”を終えたところで、彼女と遭遇する。
遭遇――といっても、ここ数日、彼女は毎日のように現れていた。
奥多摩の森奥にある、鍾乳洞――長い年月をかけて水と岩が生んだ、静かな闇の空間。
あたりは夕暮れの光すら届かないほど、鬱蒼としている。
魔素が濃く、獣が魔物へと進化するには十分すぎる濃度。
当然、立入禁止区域に指定されている。
普通の人間なら、近づくだけで命取りになりかねない。
だからこそ、俺はここに身を隠していた。
なのに、なぜ彼女は、そんな場所に平然と足を運んでくるのか――。
「――あ、御堂さんっ。お疲れ様」
俺の体に染みついた、微かな鉄の匂い。
それに眉一つ動かさず、彼女は屈託のない笑みを向けてくる。
その無邪気さに、俺は思わず足を止めた。
「……君は……また一人でうろついてるの?
また魔物に襲われても、今度は助けないよ」
最初にこの森で出会ったとき、彼女は『依頼』の最中だった。チームからはぐれ、たった一人で魔物と対峙していた。
助けるつもりなんて、なかった。
けれど――気づけば、体が勝手に動いていた。
「だーいじょーぶっ! 今日はね、ちゃんと魔物除けつけてるからっ」
そう言って、彼女は腰にぶら下げたアイテムを誇らしげに見せ、小さく肩を揺らす。
……本当に、いつもそうだ。
この森の危険性を知っていながら、
彼女は、わざわざ俺に会いに来るためだけに足を運んでくる。
どれほど無謀で、どれほど無防備か――わかっているはずなのに。
……かくいう俺も、同じだった。
彼女のことが、気になって仕方なかった。
けれど、この想いは“不要”なものだ。
敵同士、それ以上に――彼女は、若すぎる。
俺のような存在が、その未来を奪っていいはずがない。
視線を逸らし、いつものように距離を取ろうとする。
だが、彼女はそれを許さない。
深く息を吸い込むと何かを決したように、曇りのない瞳で、まっすぐ俺を見つめてくる。
「……御堂さん。あたしね、……御堂さんのことが……好き」
「――……君は、面白いことを言うね。俺たちは敵同士だ。決して、幸せになんてなれないよ?」
息を呑んだ。
その一言だけで、心が激しく揺れた。
すぐにでも抱きしめたかった。
けれど、その衝動を押し殺すように眼鏡を押し上げ、俺は背を向ける。
だが、彼女は躊躇なく続けた。
「うん。それでも、好きな気持ちは変えられないよ。
でも一緒にはいられないって、分かってるから……
……だから、あたしから逃げて?」
「……は?」
冷静さが崩れ、思わず声を上げて振り返った。
彼女の瞳は、冗談など一切交えていない。
「……ずっと、ずっと捕まらないように。
あたし、御堂さんのことを、ずっと追いかけていたい。
だって――追いかけてる間は、お互いに相手を思ってるってことじゃない?」
その目は、どこか寂しげで。
けれど、誰よりもまっすぐだった。
……そんな彼女が、どうしようもなく、愛おしかった。
それでも、踏みとどまるべきだった。
彼女は“正義”。
俺は“悪”。
交わってはいけない存在。
分かっている。何度も、自分に言い聞かせてきた。
なのに。
「……っ」
気づけば、彼女を抱きしめていた。
細い肩が腕の中で震える。
その温もりだけが、確かなもののように感じられた。
理性の声なんて、とっくに消えていた。
そして――そのまま、唇を重ねた。
たとえ、それがどれほど罪深い行為だったとしても。
そんなもの、
――……クソ喰らえ
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