泣かないように
いきなり砦の詰め所に行って会えるものなのだろうか。
異国の香りのする風に髪を揺らしながら、ルティは首をひねる。
『将軍に逢いたいです。元彼氏です♡』
…………追い払われる予感しかしない。
砦に行って、出待ちする?
将軍なら、夜勤はあまりなくて日勤なのかな?
日勤なら退勤時間になるだろう夕刻に行くほうがいいのかもしれない。
考えたルティは、砦と警護の衛士たちを横目に、夕刻まで時間をつぶすため国境の街を観光することにした。
さすがドディア帝国と接する街だ、市場に並べられた品物は見たことのないものも多い。
不思議な魔道具や、最先端なのだろう洗練された衣や、赤や緑の野菜や果物まで輝いて、店主の呼び声がにぎやかに響いた。
砦は観光名所になっているらしい。
ドディア帝国へとゆく人たちは砦の下の税関を通過してゆくが、見晴らしのよい景色を見るためなのだろうココ王国の人たちが続々と砦に登ってゆく。
皆が登っているからと登って叱られたら大変だ。トトの職場で無残な失敗はできるだけ避けたい。
「あ、あの、登っていいんですか」
聞いたルティに衛士は笑った。
「どうぞ。見晴らしだけはいいです」
見るべきものは、あんまりないらしい。
笑ったルティは、ありがとうと、ココ王国の人たちの後に続いて砦を登った。
急で狭い階段は、息が切れる。
一段あがるたび、足が、肺が、みしりときしむ。
運動より勉学だった自らの行いを反省した。
ちいさなことからコツコツと。
ここは毎日筋トレかな。
……トトとできたら、楽しそうだ。
思うだけで涙がにじみそうで、あわててぬぐった。
「若いのに、だらしねえなあ」
「がんばれ!」
抜かされてゆくルティは、力なく笑う。
ちょっとあがるだけと思っていたのに意外なきつさに、心の臓まで耳元で脈打った。
風が、ルティの髪を舞いあげる。
栗の色に染まった髪が、ドディアの風に揺れている。
「ルティ──!?」
なつかしい声が、痛い。
ほんのしばらくぶりなのに、聞きたかった声、最後通告をくれるのかもしれない恐ろしい声だ。
髪の色を、目の色を変えても。
一瞬で、わかってくれる。
「トト」
振り向いた。
見開かれた闇の瞳が、揺れていた。
「ルティ、どうして……その髪と目は……?」
茫然とつぶやくトトに、ルティは目を細めた。
衣が立派になった。
胸には勲章なのだろうか、刺繍がほどこされ、肩には階級章らしい線が何本も入る。
砦に登ってきたトトに警護していた衛士たちが敬礼する。
受けたトトがかるく手を挙げるさままで堂に入っていた。
──ああ、ほんとうに、えらくなったんだ。
…………闘えない。
無理だ。
おもう気もちを、あふれる弱音を抱きしめて、ルティは顔をあげる。
「コタ殿下からご指名で将軍になったんだって? おめでとう」
祝いの言葉なのに、呪いの言葉のように、声は、硬く、かたく響いた。
「……もう俺は、いらなくなった?」
ふるえた。
情けない。
はずかしい。
それでもルティは目に力を入れた。
泣かないように、懸命にトトを見あげる。
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