こわれる
たぶん間違いなく精霊さまのお慈悲で幻影魔法を発動できたルティの髪と目は、凡庸な栗色になった!
「おお! かわいー!」
くるりと回ってみたルティは、止まる。
……可愛かったら、だめなんじゃ……?
んんん?
そうっと鏡をのぞいてみた。
栗色の髪が、さらっさらしてる。
栗色の瞳が、きゅるっきゅるしてる。
……うん、色味は変わっても、あんまりというか、全く造作は変わらないね。
…………………………。
「俺はふつう、ふつう、ふつう! よし!」
まとめてあった荷物を引っ掴み、大家さんに鍵を返して家を引き払い、辺境ゆきの夜行馬車に乗る。
計画的犯行、じゃない、計画的逃亡、じゃない、計画的にトトを追いかけるのです!
ちいさなことからコツコツと。
ルティのタイムスケジュールは完璧だ。
ふつうなら危なすぎて夜行馬車なんてないのだけれど、ちいさなココ王国では主要な街道に魔法灯が燈っていて、夜も馬車を走らせてくれる。
眠っている間に、途中の宿場町で馬と御者を替えながら長距離を進んでくれるので、とても人気だ。
運賃を割高に設定して運行間隔を空けることで馬と御者の負担を軽減しているらしい。
朝から夕方まで走ってくれる馬車と、夜行馬車を乗り継げば、半分の時間で辺境までゆける。
ちいさなココ王国だけれど、ドディア帝国側の国境まで出るのに3日かかった。
ぴんくの髪の検問は、まだ敷かれていない。
『馬車のなかに、薄紅の髪の愛らしい少年はいないか!』とか聞かれなかった。よかった。
すさまじい揺れに眠るどころじゃないと思ったけれど、ルティは自分で思うよりはるかに図太いらしい。
緊張と膨大な魔力消費、長旅の疲れもあったのだろう、よく寝た。
「お客さん、着きやしたよー!」
御者の声で跳び起きたルティは、あわてて口元をぬぐった。
よだれ垂れてなかった。よかった。
馬車を降りたルティは、まぶしい陽の光に目をほそめる。
ここに、トトがいる。
国境の街は、活気に満ちていた。
下手をすると王都よりにぎわっているかもしれない。
大陸の覇権を握るドディア帝国が、すぐ隣にあるからだろう、たくさんの人や物が行き交い、嗅いだことのない香辛料が鼻をくすぐる。物売りの呼び声が、にぎやかに耳を打つ。
そびえたつ鐘の塔と国境の砦を見あげたルティは、ぽかんと口を開けた。
これは間違いなく、大栄転だ。
しかも将軍だなんて、平民の夢だ。
「……ああ、これは……負けちゃっても仕方ないなあ」
平民の将軍だなんて、きっと平民のあこがれだ。
かわいい子もきれいな子も凛々しい子もたくましい子も、皆トトに夢中になるだろう。
ルティの特権なんて、顔と幼なじみなことくらいだ。
「…………無理かも……」
闘う前に、敗北確定だと諦めてしまう人の気もちが、はじめてわかった。
『闘えよ、がんばれよ、立ち向かえよ!』
はたから見ていると、思ってしまう。
でも、ルティは一回、振られている。
なのに追いかけてきて、こんな大きな町の警備を総括する将軍に逢って、よりを戻したいだなんて。
「…………むりだろ…………」
『傍にいたい』
『トトしかいない』
『捨てないで』
泣いてすがって
『いらない』
『迷惑だ』
『二度と顔を見たくない』
捨てられたら?
────……こわれる。
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