サキチの願い。

「だから、お経。お経をあげてほしいのじゃ。武蔵国むさしのくにの人間ならできるじゃろ」


 サキチが期待を込めた眼差しで、言うけれど。


「……すみません。全然話が見えません……」


「あのな、景吾よ。ワシは……ワシはな……」


 サキチは一度深く息を吐き、言葉を続けた。


「……いい加減、疲れたのじゃ。成仏したいんじゃ」


「どうぞ……」


「一人でできないから言ってるの。誰かに念仏を唱えてもらわんと成仏できん。だからな、ワシの祖国、武蔵国から誰かに来て欲しかったんじゃよ」


 ――武蔵国。

 現・東京、埼玉、神奈川あたり。

 

 なるほど。

 確かにそこにいたな……。

 

 なんならプロポーズしてた場所、634mの某タワーの近くだったな……。

 

 まさかそれが異世界召喚の原因だったのかッ……⁈


「……つまり、あなたは自分が成仏するために、お経を唱えてくれる要員が欲しかったってことですか?」


 サキチがうんうん、頷いた。


「ここの連中は誰もお経を知らんからな。だから、れぇな君が召喚魔法を使う時に、ム・サ・シ!コールをいれてみたんじゃ。武蔵国の人間なら、経の一つや二つ、あげられるはずだからな」


「……ま、まって……あの時頭に響いたム・サ・シの声……あれは、あなたの声だったの……!? 私は……あの声を神の声だと思って……よくわからないまま、『ムサシから来て』と、言ってしまったけど……!」


 レーナさんが目をまんまるく開いている。


 サキチがにっこり頷く。


 すると、レーナさんがさらに目を見開いた。大きなおめめが限界突破しそうだよ。

 

「……まさか。時々聞こえるハヤマの心の声も、あなたが私の脳内に送ってきていたの……?」


「うむ、そうじゃ」


「うぉおおい! 何勝手にやってんの!!!!」


 サキチは無駄にご機嫌な顔で頷いた。


「魂が死ねないワシと、肉体が滅びぬれぇな君。ワシらはシンクロしやすいからのぉ。こやつの考えを読み取り、れぇな君の脳内にお邪魔して垂れ流すくらい、おちゃのこさいさいじゃ」


「あんたな! 霊だからって何やってもいいわけじゃないんだぞ!!」


 とんでもないプライバシーの侵害に声を上げると、ブリュノさんが俺をたしなめた。


「ハヤマ、サキチさんにもっと敬意を払いなさい」


「いやいやいや……だって!」


 俺の横で、急にレーナさんがガクッと膝をつく。


「霊に勝手に脳内に侵入されていたなんて……! なんたる不覚……っ!」


 不覚ポイントそこ……??


 ――あ。

 それと。


 言いにくいけど、これは言わなきゃな……。


「……あの、たいへん申し訳ないけれど」


「なんじゃ?」


「俺、お経あげられないですよ」


「え?」


「はい」


「お経あげられないの?」


「あげられないですね……」


「本当に? 簡単なやつも?」


「知らないです。南無阿弥陀仏くらいしか……」


「ギャッ!!!!」


 突如サキチが悲鳴を上げた。

 びっくりさせんじゃねぇ!!

 

 と思ったらサキチの右足、消えていた。


「…………ちょっと成仏した……!!」


「急に唱えるんじゃない! ちゃんと心の準備をさせい!」


「す、すみません……! あ、でも俺、続き全然知らないです!!」


「え? 武蔵国の人間なのに?」


「時代が変わったんです!! お経覚えてる人なんてそうそういないですよ!!」


 するとサキチは一転して、ゴロツキみたいな顔になった。

 

「……なに、お前、ワシの右足だけ成仏させといて、こんな姿にして、なんなの?」


「え、あ……すみません……」


「お前全然だめじゃん。なんだし。はー、呼んで損した」


「失礼な霊だなぁ……」


「仕方ない。お前、『こんばあたぁ』、取ってこい」


「なんですか、それ?」


 急に出てきた謎の単語に首を傾げる。

 サキチは、バカにしたような顔をむけてきた。


「『こんばぁたぁ』も知らないの? お前ほんと使えないな」


 ムカッ……!!


「私も知らないです」


 復活したレーナさんが参戦。


「れぇな君は知らなくていいんじゃよ。気にしなくていいんじゃ」


「…………」


「俺も知らないな」


 ブリュノさん参戦。


「あんたは……まぁ、まあな。まあ、仕方ないのぅ。そこの書に、使い方書いとるんじゃが」


「…………」


「俺が知らないのも仕方なくないですか??」


「お前はダメ。本当に使えんわ」




 おっさん霊が俺にだけ厳しい件について。

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