第壱譚:【アリス】
8歳の誕生日に父から贈られた“アリス”。
最新技術で作られたAI搭載型のアンドロイド人形で、見た目は古風なビスクドールに似ているが、パチパチと瞬きをしたり、表情を変えることができた。
アリスは、ただの人形ではない。
私が触れると、感情を反映した声で優しく答えてくれる。
アリスは私の一番の“友達”だった――
最初はただの遊び道具だと思っていた。
友達と言っても所詮は玩具。
だが、ある日の晩、寝室でアリスを抱いて寝ると、突然、激しい音が響いた。
「ガタッ」
目が覚めた。
暗闇に包まれた部屋。
音はもう聞こえない。
ただ、床の一部が異常に冷たい感覚があった。
それに気づくと、私の足元に小さな手が現れていた。
白い手、冷たい手、それが床から生え、私の足元を掴んでいく感触。
「……アリス?」
私は恐怖を感じ、布団から飛び起きた。
何もない。
部屋は静まり返り、何も変わっていなかった。
アリスも、ただの人形のままだ。
しかし、あの冷たい手の感覚が消えることはなかった。
◆◆
数日後、私はまた、あの不気味な夢を見た。
アリスが、私の横に寝ている。
けれど、彼女の青いガラスの瞳がじっと私を見つめている。
そして、私の夢の中でアリスの手が、私の肩を掴んで引き寄せてくる。
夢だと思ったのに、その感触は現実としか思えなかった。
目が覚めたとき、目の前にアリスがいた。
まるで、私が眠っている間に起きていたかのように。
その時、私は気づいた。
アリスの目は、わずかに赤く光っていたと……
「アリス…?」
私は声を出していたが、彼女は答えない。
目がどこか冷たく、無機質に見えた。
アリスの修理を母に頼み、しばらくはそのままで過ごしたが、日が経つにつれて、私は再び、奇妙なことを感じるようになった。
◆◆
それから、時が流れ、私は25歳になった。
アリスは押し入れの中にしまわれたままだった。
あの時の恐怖も、少しずつ忘れかけていた。
けれど、今日、ふとした瞬間に、私は再びアリスを見つめたくなった。
アリスは、少し壊れていた。
顔の一部がひび割れ欠けていて、服も擦り切れていた。
でも、美しい青い瞳はそのままだ。
修理したいと思ったが、それを手に取ると、胸の奥にひとしずくの冷たい感覚が走った。
あれ?おかしい、だってアリスは母が修理に出してすぐしまった筈だ。
ただの経年劣化?
そして、寝室でまた、あの夢を見た。
夢の中で、アリスは私を見下ろし、微笑んでいる。その目は、冷たく、無表情に見えたが、どこか暗い光を持っていた。
◆◆
目を覚ますと、またあの奇妙な音が響いていた。
「ガタッ……ガタッ……」
今度は、ただの夢ではなかった。
確かに、音は現実の中に響いていた。
私は恐る恐る押し入れの扉を開けた。
目の前にアリスが倒れている。
「アリス……?」
だが、そこにはアリスの顔ではなく、無数の白い手が見えた。
その手は、アリスの人形から生えたものだろうか?手が一つ、また一つと床を這いながら私に向かって伸びてくる。
冷たい感触、鋭い爪が触れる。
逃げなければ……逃げなければならない。
私は背を向け、急いで部屋を出ようとした。
しかし、扉が開かない。
何度も押し込んでも、扉はびくともしない。
「アリス……お願い、やめて!」
逃げなきゃ――逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ。
でも、逃げられない。
足が動かない。心だけが喚いている。
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ
逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ
ぎゃああああああああああああああ――……
私の叫びは、冷たく静かな空気に吸い込まれていった。
恐怖が募る中、私はただその冷たい手に引き寄せられるしかなかった。
――ぷつっ、
音を立てて、私の意識が途切れた。
◆◆
次に目を開けたとき、
私の身体は、もう……動かなかった。
どこか冷たい。
指先が、硬い。
声も出ない。
周りを見渡すと、私は小さな部屋に閉じ込められているようだった。
自分の体を動かすことができない。
私の体は、まるで木のように固まり、四肢は小さく、壊れていた。
鏡が見えた。
そこに映っていたのは――
あの冷たい手、アリスの青い瞳。
すべてが現実になったのだ。
私はアリスと入れ替わり、今や押し入れの中に閉じ込められたのだ。
アリスは、今、私の体を抱いて眠っている。
微笑んでいる。
私は、もう……戻れない。
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