第21話 名誉の盾と、命の歌 その4

狭い路地に重装兵たちが並び立つ。グラとその兄弟を中心に、まるで動く壁のように前線を支えていた。


 


「響け鼓動――我らは一つ、影のように≪コルダンザ≫」


 

マーヤの力強い歌声が、霧の中を貫いて響く。


その旋律が、仲間の胸を打ち、狂いかけていた動きが再び噛み合い始めた。

斜めに入っていた槍が正面に構え直され、乱れた隊列が一列に揃う。


崩れかけていた連携は立て直され、部隊は一つの意志を取り戻す。


数で押してくる奴隷狩り達を一気に押し返した。


正面からの突破は許さず、鉄壁の防陣が敵の勢いを削いでいく。


やがて押し返された奴隷狩りたちは、隊列を乱され、後退を余儀なくされた。


その隙を逃さず、警護団は一人、また一人と仕留めていく。

 


しかし、奴らはただの野盗ではなかった。


その動きは訓練された兵士――まさしく、戦場を知る者たちだった。


 


やがて、前衛の動きが変化する。


剣から長槍へと持ち替え、重装兵の鎧の継ぎ目、脇、首筋といったわずかな隙間を、正確に突いてくる。


重装兵の対処を心得ている動きだ。


さらに、ぬかるんだ側道を使い、側面からの挟撃を仕掛けてきた。


 


剣が火花を散らす。


盾がきしみ、怒声が霧と血の匂いを裂いて響く。


人影が交錯し、瞬時には味方か敵かすら見分けがつかない。


 


「ぐっ……ッ!」


 


鋭く短い悲鳴。


中装の若い騎士が、腹を斬られて膝をつく。


手が震え、血を噴きながら地面に崩れ落ちた。


 


それは、戦場では珍しくない光景――


だが、その一幕を、誰よりも深く受け止めてしまったのは――


 


「……っ……!」


 


マーヤだった。


今までは平気だった。


だが、たった一人の味方の負傷を目にした瞬間、視界が揺れた。


 


胸に鋭い痛みが走る。


耳鳴りが鼓膜を打ち、音の波が過去を呼び覚ます。


鉄の焦げた臭い。血の生臭さ。叫び。倒れ伏す人々。


数年前の、あの夜――


忘れたはずの地獄が、再び彼女を飲み込んでゆく。


 


「ハッ……ハッ……ハッ……ッ!」


 


息ができない。


喉が焼けるように苦しく、足が震える。


過呼吸。冷や汗。指先が痺れる。声が、出ない。


 


「お嬢!!」


 


リオが駆け寄り、マーヤを支える。


その小さな身体を抱え、人質小屋の裏手へと退かせた。


 


「落ち着け、大丈夫だ! まだ戦えてる、崩れてないからな!」


 


必死の呼びかけも、マーヤの耳には届かない。


唇が蒼白になり、喉が乾いた音を立てながら喘ぐ。


指先は痙攣し、目は焦点を失っていた。


 


胸を締めつけるような恐怖と記憶が、彼女を完全に支配していた。


 


その瞬間――


戦場の空気が変わった。


指揮官を失った警護団の動きに、わずかな乱れが生じる。


その綻びは瞬く間に波紋となり、部隊の連携を崩していく。


 


マーヤとリオが抜けた広場には、残る十二名。


対する敵は六十名近く。


圧倒的な数の暴力が、ついに牙を剥いた。


 


グラたちを中心に、警護団は混戦を避け、人質小屋を守るように陣形を再構築する。


だが、敵の勢いは凄まじく、すでに限界が近づいていた。


 


奴らの動きには、怒りや激情ではなく――徹底した冷徹さがあった。


規律正しく、一糸乱れぬ陣形で迫り、言葉を交わすこともなく黙々と殺到してくる。


歩調は揃い、槍の動きに無駄がない。


まるで、生きた兵器のようだった。


 


ひとたび隙を見せれば、迷いなくそこを突いてくる。


情けも、戸惑いも、ない。


 


「戦場」を知り尽くした者だけが持つ、冷たい研ぎ澄まされた恐怖――


その波が、今、壁のように押し寄せていた。


 


剣を振るう腕に、焦りが滲む。


押し寄せる敵の波に、じり……じり……と押しやられていく。


 


人質小屋が――すぐそこに迫っていた。


 


「下がるなッ!」


 


グラが咆哮する。


 


「ここが最後の壁だッ!!」


 


横に並ぶグラの兄も叫んで仲間を鼓舞する。


その声に応えるように、仲間たちは必死に踏みとどまる。


 


だが、圧倒的な数と怒号に押され、鉄の防壁は徐々にたわみ、きしみはじめる。


 


その向こうで、人質たちは祈っていた。


震える指で扉を握りしめ、目を閉じ、ただ――祈っていた。


 


願いが届くには、奇跡が――


音が――


もう一度、必要だった。


 


しかし――マーヤは、もう歌うことはできなかった

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